ケラトサイト等の運動性細胞はアクチン線維の重合で膜を押し広げ、平板状突起(lamellipodia)を細胞の前方に出すことで一方向に運動する。移動中の細胞は、アクチン線維が膜を押す力の反作用とミオシンによる細胞後方への牽引力で、細胞の前から後に向かってアクチン線維の流れ(retrograde flow)が維持されるために一方向に動ける。しかし基質に接着した直後の細胞は円盤状の形で、アクチン流動も細胞の端から中心に向かう点対称性を示すため、細胞には前後がない。本研究の目的は、無極性の細胞がいかにして前後を決めて一方向に動き出せるのか、自発的に細胞骨格の対称性が破れる仕組みを物理で理解することである。 平成28年度は、初年度(平成27年度)に構築した、アフリカツメガエルの卵抽出液を油中液滴に封入した人工細胞系を用いて、ミオシンの阻害効果を検証した。ミオシンの各種阻害剤およびミオシンのリン酸化酵素を細胞質に添加してそれらの効果を調べたが、有意な差が見られなかったことから、人工細胞系で自発的に発生したアクチン線維の流れに対するミオシンの寄与を明らかにすることができなかった。一方で、本研究で構築した人工細胞系において、アクチン線維ではなくて微小管の重合を活性化させたところ、微小管とキネシンが細胞質の回転流動を駆動する現象を発見し、微小管細胞骨格の自発的対称性破れと、微小管配向と細胞質の流れの間の正のフィードバックループによって回転流動が促進されるというメカニズムを提唱した(PNAS 2017)。
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