研究課題
本研究では、膜タンパク質の運動性(運動モードや拡散性)を網羅的に解析する1分子イメージング解析法を確立する。その実現のために、本年度は(1)ハイスループット化した細胞内1分子顕微鏡の開発、(2)計測対象となるタンパク質の選定と蛍光標識、(3)得られた1分子画像の1分子トラッキング(single-molecule tracking)と拡散統計解析の自動化、を実施した。以下に各研究項目について実績を報告する。(1)既存の全反射型蛍光1分子顕微鏡に励起光学系の自動調節機能と自動焦点合わせ機能を導入することにより、1分子計測の省力化・高速化を図った。これにより、以下に述べる20種類の膜タンパク質を従来よりも効率よく計測できた。(2)PDB の構造データやUniProtKB の構造予測データを基にし、細胞膜に存在すると予測されるタンパク質を細胞膜貫通部位の貫通回数を指標に分類して選定した。合計170 種類のタンパク質を測定候補として選び、蛍光1分子観察に適したHaloTagで標識した。細胞に遺伝子導入し、これまでに20種類について安定発現株を樹立した。また、HaloTagに適用できる量子ドットプローブの開発に成功し(Komatsuzaki et al., 2015)、従来より高輝度での1分子観察を実現した。(3)得られた安定発現株については、我々が開発した1分子拡散キネティクス統計解析法を適用し、拡散係数、拡散状態数を決定した。また、大量の実験データを効率よく解析するための解析ソフトを開発した。加えて、膜タンパク質分子のうちインテグリン分子については原著論文として発表した(Ishibashi et al., 2015)。
2: おおむね順調に進展している
各研究項目について進捗状況を報告する。(1)ハイスループット化した細胞内1分子顕微鏡の開発:膜タンパク質について生細胞で1分子レベルの網羅的解析を実現した例はこれまでになく、網羅的1分子拡散解析の実現はそれ自体で世界に先駆けた成果になる。多数のウェル内の異なる細胞株を効率よく計測するために、励起光学系の自動調節機能と自動焦点合わせ機能に加えて、顕微鏡ステージの電動制御の導入をすすめている。網羅的解析手法の確立に向けた技術開発が順調に進んでおり、本年度における当初の研究目的を十分に達成した。(2)計測対象となるタンパク質の選定と蛍光標識:計測候補の170 種類のうち20種類については安定発現株が得られたが、タンパク質の発現が確認できない分子種も多数存在することがわかってきた。これらの分子種についてはHaloTagとは異なる蛍光タグの使用や発現量の調節などを試み、より多くの安定発現株を得る必要がある。安定発現株が得られた分子種については1分子拡散解析を進めており、おおむね順調に進展していると言える。(3)1分子トラッキングと拡散統計解析の自動化:1分子解析の熟練者でなくとも短時間に1分子の統計解析ができるようにするために、これまでに我々が開発した1分子トラッキング用の1分子輝点自動追跡ソフトと1分子統計解析ソフトを統合し、画像取得から多状態の状態数推定および拡散パラメタの推定、1分子軌跡への状態割り当てまでを自動で行う解析システムを構築を進めている。すでに20種類の膜タンパク質については、拡散する分子の変位に関する統計理論に基づき、赤池情報量基準(AIC)を用いて拡散分子の状態数と拡散係数を推定することに成功した。従って、本年度における当初の研究目的を十分に達成した。
安定発現株が得られた候補タンパク質から順次細胞内1分子拡散解析を実施する。実験的に得られる拡散係数とアミノ酸配列から予想される膜貫通回数の比較、あるいはタンパク質の構造から予測される大きさ(半径)との相関関係について解析を進める。特にSaffman-Delbruckモデルから予測される相関関係に注目する。このモデルの妥当性については人工脂質二重膜にタンパク質を導入したin vitro再構成実験系を用いて検証が進められており、いくつかの膜タンパク質については関係式の成立が報告されている。一方、生きた細胞ではその膜構造の複雑さからタンパク質の構造と拡散の間にSaffman-Delbruckモデルで記述されるような単純な関係はみられないと予想される。多くの種類の膜タンパク質の拡散を網羅的に計測することによって、細胞膜の構造的な不均一性を考慮した上で、構造と拡散の普遍的関係が見いだせるか検討する。膜の脂質組成の違いや細胞骨格との相互作用はSaffman-Delbruck関係式の粘性タームを補正することで記述できる可能性がある。
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