ミトコンドリアの「母性遺伝」は、様々な真核生物に共通に見られる現象である。母性遺伝がおこる一連の過程において、DNAヌクレアーゼによる父方のミトコンドリアDNA(mtDNA)の選択的な分解は母性遺伝の引き金となる非常に重要なステップである。しかし、その分子メカニズムはよくわかっていない。同形配偶子である真正粘菌は、父方と母方の配偶子は同数のミトコンドリアおよび大型のミトコンドリア核様体(mtDNA-タンパク質複合体)を持ち、接合後3-5時間の間に父方の核様体のみが一斉に消失し、3日後にはミトコンドリアも消失する。本研究では、母性遺伝に関わるDNAヌクレアーゼを同定するために、まず父方mtDNAが消失している接合後7時間目の接合子から単離したミトコンドリアのショットガンプロテオミクス解析を行った。その結果、エンドヌクレアーゼGを含む9種類のDNAヌクレアーゼを検出した。エンドヌクレアーゼGは、ミトコンドリアの膜間に存在し、アポトーシス時に細胞核に移行し核DNAを分解するが、最近、線虫において受精後に父方ミトコンドリア内膜が崩壊することによりmtDNA分解にも関与する可能性が示唆されている。しかし、真正粘菌では父方mtDNA分解時には、まだミトコンドリアの内膜崩壊は生じていないため、母性遺伝に関与するかは不明である。さらに、接合前のアメーバや二倍体の変形体からもミトコンドリアを単離し、それらのDNAヌクレアーゼが存在するかどうかを調べた。その結果、接合子の時期のみに存在するDNAヌクレアーゼは同定されなかった。この結果は、接合前のアメーバのミトコンドリアにも母性遺伝に関与するDNAヌクレアーゼが存在するが、何らかの制御によりmtDNAの分解が抑制されており、接合後に父方ミトコンドリアのみでmtDNAの分解の抑制が解除され、父方mtDNAの選択的消失が生じる可能性を示唆している。
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