本研究では、新たに開発した動物搭載型採血装置(以下、採血ロガー)を用いることで、アザラシの水中代謝調節機構を解明することを目的とした。従来の手法では、人間が動物に触れることで血液サンプルを取得していたため、人為的な接触のない状態での採血が困難であり、訓練された動物であってもストレスホルモンの上昇を避けられなかった。しかし、採血ロガーを用いた血液サンプルの取得によって、ストレスホルモンが低下した状態でのサンプル取得が可能となった。ストレスホルモンによる影響が緩和された状態にて、陸上と水中での血液サンプルを取得し、循環および代謝調節ホルモンを測定した結果、アザラシの生理反応は、陸生哺乳類と鯨類が持つ水中での生理反応の中間となる反応を示した。一生を通して水中で生活する鯨類においては、水中での浮力補助に伴うホルモン調整が不要なのに対して、水陸両用の生活史を持つアザラシは、その調整機能を保持していることを示した。最終年度においては、水中での捕食の有無に伴う循環および代謝調節ホルモンの変動を調べた。陸生哺乳類では、捕食時に血圧調節に関与するホルモンの変動が顕著に見られるのに対して、アザラシではその変動が見られなかった。潜水動物であるアザラシは、体内の限られた保有酸素を水中で効率よく使用するために、遊泳時に必要な器官以外への血流を制限する潜水反射と呼ばれる生理反応を持つと言われており、この結果は、水中での捕食による血圧調整が起きていないことを示唆した。本研究では、これまで現象として捉えられていた潜水反射に対して、その機構となるホルモン分泌量の定量化を世界で初めて可能にした。これらの成果は、第6回国際バイオロギングシンポジウム(ドイツ)および第22回国際海生哺乳類学会(カナダ)にて発表を行った。
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