(1)擬態遺伝子アリルの頻度動態の解析 台湾・花蓮市で2013年から2016年にかけて調査したdoublesex遺伝子のアリル頻度のデータを解析し,メスに擬態型を発現させる擬態アリル(Hアリル)の頻度が,0.23~0.5の範囲に保たれていることを明らかにした(サンプルが多数得られるオスで推定した値).この他に行った,メスの翅の汚損度,精包保有数からみた齢構成を擬態型,非擬態型で比較し,野外での生存日数や交尾回数に型間の差がないと推定した.また,鳥からの捕食圧の指数となるビークマーク率にも型間の差はなかった.さらに,野外で擬態型,非擬態型の標本を用いてオスによる選択実験を行ったところ,型間で選択される確率に差がなかった.これらの結果は,全体として捕食圧の負の頻度依存性によって,メスの多型が維持されているという仮説と矛盾しないものであった.以上の結果をまとめ,Scientific Reports誌に発表した. (2)擬態遺伝子の遺伝子型による幼虫発育成長特性の違い 擬態型がなぜオスに発現しないか,またなぜメスでもすべて擬態型にならないかということの仮説として,擬態型の生理的コストが提唱されている.この擬態コスト仮説の検証の一環として,doublesex遺伝子型がヘテロ接合(Hh)である成虫を交配させ,その卵を成虫まで飼育し,羽化個体のdoublesex遺伝子型を決定して,幼虫期間の発育成長と羽化成虫サイズを遺伝子型間で比較した.羽化した個体の遺伝子型の割合(HH: Hh: hh)は,期待される1:2:1から有意にずれてはおらず,また遺伝子型による幼虫発育速度や成虫サイズの差はみられなかった.このことから,少なくとも羽化成虫までの発育ステージにおいては,擬態のコストは存在しないと結論した.この結果は,Journal of Insect Physiology誌に発表した.
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