捕獲の難しい野生動物では、遺伝子試料は、従来糞が用いられてきた。しかし、糞に含まれるDNAは少量で、増幅阻害物質を含むため、実験で困難を伴う。吸血性の動物、糞食・腐肉食性の無脊椎動物に含まれる、脊椎動物由来のDNA(iDNA)は、個体群の遺伝的モニタリングにかかわる困難を一挙に解決してくれる、有望な試料である。 本研究の目的は、長年哺乳類の個体数調査を行っている屋久島上部域で、吸血性動物、糞食・腐肉食性の無脊椎動物を採取し、そこに含まれている哺乳類由来のDNAを増幅して、哺乳類に関する様々な遺伝的情報を収集する方法を確立することである。 2年間の研究期間中、2回の個体群調査を行い、合計で805匹のハエと、100匹のヒルを採取した。ヒルのうち、一部は解剖して消化管を取り出し、のこりはそのまますりつぶしてからDNAを抽出し、哺乳類のバーコード領域を増幅して遺伝子配列を解読した。その結果、消化管を取り出した試料では、80%以上で解析に成功し、すべてシカの配列だった。一方、そのまますりつぶした試料では、増幅の条件により異なるが、30%程度しか解読できなかった。ほとんどがシカだったが、イヌの配列も確認された。屋久島での哺乳類の分布調査の結果と比較すると、ヒルはシカを選択的に採食していることがわかり、ヒルは、調査域内の哺乳類についての情報をまんべんなく収集するよりは、シカという特定の動物について詳しい情報を得るのに有益な動物であると考えられた。イヌのような、ごく生息数の少ない動物の存在を明らかにできることも分かった。 これら無脊椎動物由来の遺伝子試料を、従来から用いられてきた糞由来の遺伝子試料を比較する目的で、屋久島で採取したシカの糞からのDNAの抽出、解析も行った。新鮮な糞はほぼ間違いなく遺伝的な性判別ができる一方で、排泄後半月以上経過した糞では、まったく遺伝的性判別ができなかった。
|