生物群集の中立理論は、生物多様性の形成機構を検証する帰無モデルとして発展している。さらに、平衡性を仮定した中立理論は、人為影響が群集形成に及ぼす影響を定量できる可能性を秘めており、保全生態学への導入も期待されている。そのような観点から、本研究では、生物多様性パターンの進化生態学的形成プロセスを記述する生物群集の中立モデルを検討し、実際に野外で観察される生物群集の種多様性パターンを分析した。研究の初年度では、様々な生物分類群(微生物・維管束植物・無脊椎動物・脊椎動物)の種個体数分布(SAD)をデータベース化し、SADの形成プロセスを分析し、2編の原著論文を発表した。一つ目の論文では、全球を網羅する森林群集に焦点を当て、木本種の個体数分布の中立性からの逸脱度を定量した。そして、環境フィルター効果と密度依存的死亡(Janzen-Connell効果)の地理的パターンを明らかにした。熱帯や島嶼など、特異な進化生態学プロセスが卓越していそうな地域では、群集形成が非中立であることが示唆された。しかし、環境フィルター効果やJanzen-Connell効果には、単純な環境勾配はなく、群集形成のプロセスは、同じバイオームでも地域差が大きいことが判明した。二つ目の論文では、木本種の個体数分布の統計分布を分析し、全球の森林群集で共通したパターンを探索した。生物多様性パターンの統計分布は、それ自体がパターン形成のメカニズムを示している訳ではないが、パターンをうまく説明する「統計分布の性質」を元にして、パターンの背後にある進化生態学的メカニズムがある程度推論できることが分かった。
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