研究課題
細菌研究は均一クローンからなるコロニーの分離で始まり、菌が生きていることも一般にコロニー形成能で定義されてきた。しかし近年、環境中ではコロニーを作らないバクテリアが大多数であることが認識され、コロニー形成とは、単に生きている以上のどういう生命現象なのかを明らかにする必要が生じた。コロニーを作りやすい大腸菌でも、低温飢餓に曝すと生体活性は保ちながらコロニー形成能を失ったViable But Non-Culturableな状態に陥り、このVBNC状態は環境中の細菌のモデル系とみなされる。本研究ではVBNC状態をコロニー形成に必要な遺伝子機能が減衰した状態だと捉え、発現強化によりVBNC状態を回避しコロニー形成頻度を高く保つ遺伝子を分離し、コロニー形成にとって重要な遺伝子群の働きを解明することを目的とする。大腸菌の全ORFを高コピープラスミドにクローン化しIPTG誘導できるASKAライブラリーを用い、各クローン化遺伝子を発現させた細胞を混合してVBNC化処理を行った際、コロニー形成能減衰に従って集団中での存在割合を相対的に増やした株を選択した。様々の効率で濃縮される複数の候補株をなるべく広く回収するためにライブラリー株を各500株含む8群に分割し、各群で濃縮された株を分離した。得られた候補株同士の効率を比較し、効果の高い遺伝子を7つ、次に効果のある遺伝子を9つ分離した。高効果遺伝子をもつ7株とベクター対照株を等量混合して、1試験管内でVBNC化に伴う存在比率の変化を追跡したところ、ベクター株が速やかに脱落し、cAMPを加水分解するcyclic phosphodiesteraseをコードするcpdA遺伝子を発現する株が最も濃縮された。これはcAMPがコロニー形成能維持にとってマイナス効果を持つことを示唆するので、現在、コロニー形成能の維持にとってのcAMPの作用を検討している。
1: 当初の計画以上に進展している
ライブラリーを機械的に8群に分割して,それぞれの群でVBNC化処理したときにコロニー形成能維持に有効な遺伝子をスクリーニングし,それら候補クローンの効率を比較して寄与効率のよい候補遺伝子7つと,次に効率のよい遺伝子をほぼ9つ選ぶことが出来たことは,H27年度の計画通りであった。しかし,各候補遺伝子の発現量と効果との関係,あるいはとくにそれらの遺伝子を高発現させていないときの発現量と効果の関係は十分検討できていない。しかしその一方で,当初予期していなかった面白い結果も出始めている。高効率な7遺伝子のうち最もコロニー形成能の維持に寄与したのはcpdA,すなわちcAMPを加水分解するcyclic phosphodiesteraseの遺伝子であり,このことはcAMPがコロニー形成能維持にとってマイナス要因であるという,一見常識に反する事態を示唆する。そこで野生株から,cAMP合成酵素遺伝子cyaA,あるいはcAMP受容タンパク質遺伝子crpを欠失した変異株を作製したところ,両方の欠失変異株とも,VBNC化処理をして少なくとも80日間,ほとんどコロニー形成能が失われないという驚くべき結果を得た。このもっとも単純な説明は,VBNC化処理によるコロニー形成能低下は,コロニー形成に必要な遺伝子機能が減衰する(シグマS遺伝子rpoSがその例)だけでなく,細胞の低温飢餓ストレス応答としてコロニー形成能を積極的に閉じる機構があることを示唆しcAMPはそのためのシグナルとなっている可能性が考えられる。ただし,その前提として,コロニー形成能低下は死に行く過程ではなく,条件がよくなれば増殖再開できる一過的状態というモデル,およびcAMPなしではその仕組みが機能しないため,一旦コロニー形成能が落ちると回復できないというモデルが仮定となっている。
実は欠失するとVBNC処理でもコロニー形成能が落ちない遺伝子はもう一つみつかっており,ストレスに応答してコロニー形成能を積極的に下げる新規分子機構が存在すると期待している。 以下のすべての実験を平成28年度中に終了することは困難だが,大発見の糸口であるので出来るだけ解明を進める。1.当初問題設定とは逆に,cyaAやcrp遺伝子のように,欠失するとVBNC化でコロニー形成能が落ちない遺伝子が、上記の新規ストレス応答機構を担う遺伝子だと想定されるので,大腸菌の非必須遺伝子を一つずつ欠失させたKEIOコレクションから,そのような遺伝子をスクリーニングし新規機構の全体像を知る。2.コロニー形成を支配しているcAMP標的遺伝子を見つける。cAMP-CRPで変動を受ける遺伝子は数百存在するが,cyaA欠失株で培地添加cAMPの濃度依存性を検討した上でRNA-seq解析を行い,cAMP-CRPによって制御される遺伝子のうちから,コロニー形成を支配する遺伝子の候補を絞り,各欠失株を作製してVBNC応答を調べることによりcAMP依存でコロニー形成を支配している遺伝子を同定する。3.野生株でVBNC化処理してコロニー形成能を失った細胞は,どのような処理で増殖能を回復するのかを検討する。Resuscitation処理として知られている温度上昇などを試みる。4.cyaAやcrpの欠失株では一旦コロニー形成能を失うと,野生株とは異なり3の処理を施しても増殖能を回復しないことを実演する。限られた期間で結果を出すためには,cyaAやcrpの欠失株でもコロニー形成能を失うような,VBNC化の加速処理が必要となる。このために100MPa以上の高圧処理を試みる(共同研究先はほぼ決まりつつある)。5. VBNC化処理で遺伝子機能が減衰するためにコロニー形成能がなくなる性質と,ストレス応答とを機構として区別する。
3月27日-30日の札幌市への出張を自費で支出したため。
次年度の物品費として使用する予定。
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Microbiology
巻: 161 ページ: 2019-2028
10.1099/mic.0.000144
J. Pharm. Biomed. Anal.
巻: 116 ページ: 105-108
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