研究課題/領域番号 |
15K14720
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
齋藤 一樹 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任准教授 (10192585)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 前胸腺刺激ホルモン(PTTH) / Torso / チロシンキナーゼ型レセプター / ジスルフィド架橋によるレセプター二量化 / カイコガ / 自己リン酸化 / 下流ERKリン酸化の促進 |
研究実績の概要 |
昆虫の脱皮・変態を制御する神経ペプチド「前胸腺刺激ホルモン(Prothoracicotropic Hormone; PTTH)」の細胞膜上のレセプターはTorsoと呼ばれるチロシンキナーゼ型レセプターである。PTTHの標的昆虫種特異性は非常に高いため、レセプターTorsoはリガンドPTTHの分子構造を非常に厳格に認識していると考えられるが、その分子認識機序はまったく明らかにされていない。そこで、本研究では、TorsoによるPTTHの分子認識機序の研究基盤を構築するために、まず、一本鎖のチロシンキナーゼ型レセプターに共通して見られる活性化過程の第一段階である「リガンド刺激によるレセプターの二量化」を調べた。 カイコガTorsoのC端にFLAGタグ配列を付加してショウジョウバエ胚由来のS2培養細胞に一過的に発現させ、架橋剤を用いてレセプターの会合状態を調べたところ、Torsoの二量化はリガンド刺激依存的ではなく、刺激前から細胞膜上で二量体を形成していることが明らかとなった。また、架橋剤処理を行わなくても非還元SDS-PAGE上では二量体のバンドを示すことから、Torsoの二量化は、2分子のTorsoがジスルフィド架橋を介して会合しているものと考えられた。Torsoを細胞内領域側から削っていったいくつかの変異体の二量体形成能を比較したところ、Torsoは膜貫通領域にあるCys残基が分子間ジスルフィド架橋に関わっていることが示された。実際に、膜貫通領域にある3つのCys残基をPhe残基に置換すると、非還元SDS-PAGE上での二量体のバンドは現れなくなった。 膜貫通領域にある3つのCys残基をPhe残基に置換した変異体ではリガンド刺激に依らずに自己リン酸化が観測されたが、このリガンド非依存的自己リン酸化では下流のERKのリン酸化は促進されなかった。したがって、膜貫通領域にあるジスルフィド架橋は、Torsoの無秩序な自己リン酸化を抑え、レセプターのリガンド刺激依存的な機能を保つために必須であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の研究計画では、平成27年度は、「架橋剤によるTorso二量体の架橋実験」および「Torsoの膜貫通領域Cys残基置換体の作製と発現確認」を行う予定となっており、これらについてはいずれもきちんと実験を実施することができ、研究実績の概要に記したような結論が得られた。これらの成果については、すでに研究論文としてまとめあげて投稿し、すでにScientific Reports誌に掲載されている。 また、私たちはすでに、カイコガTorsoの細胞外領域のみを発現するS2培養細胞の安定発現株の作製を終えており、平成28年度に行う「リガンドPTTHとレセプターTorsoとの間の親和性の測定」の準備を開始している。 これらの進捗状況から、本研究は「当初の計画以上に進展している」と自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年の終わり頃に、残念ながら、PTTHとTorso細胞外領域(膜貫通領域を含まないもの)との複合体の結晶構造が米国の研究チームのより報告されてしまった。しかし、その構造では、一分子のPTTHを二分子のTorso細胞外領域が取り囲んで結合はしているものの、複合体内の二分子のTorso細胞外領域のC端の間は距離はだいぶ遠く、私たちが見出した「膜貫通領域のCys残基間のジスルフィド架橋がTorsoのリガンド依存的な活性には必須」という結論には一致していないように見える。特に、米国のチームは、結晶構造にもとづいて変異体を作製するなどして実際の活性との関連を示してはいないので、この結晶構造が生理的な状態を反映したものかどうかは非常に疑わしい。 そこで、私たちは、あくまで膜貫通領域の分子間ジスルフィド架橋を含んだ形でTorsoを調製し、それを用いて研究を推進して行きたいと考えている。したがって、平成28年度は、PTTHとの結合親和性を測定するにあたって、Torso細胞外領域を用いるばかりでなく、膜貫通領域を含むTorsoをミセルやナノディスクに包埋した形で測定を行う予定である。
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