昆虫の脱皮・変態を制御する神経ペプチド「前胸腺刺激ホルモン(Prothoracicotropic Hormone; PTTH)」の細胞膜上のレセプターはTorsoと呼ばれるチロシンキナーゼ型レセプターである。PTTHの標的昆虫種特異性は非常に高いため、レセプターTorsoはリガンドPTTHの分子構造を非常に厳格に認識していると考えられるが、その分子認識機序はまったく明らかにされていない。 昨年度は、リガンド刺激を受ける前からカイコガのレセプターTorsoが細胞膜上で二量化しており、その二量化は、膜貫通領域に存在するCys残基の間に形成されているジスルフィド架橋によるものであることを明らかにした。この分子間ジスルフィド架橋を消失させると細胞外領域の構造が変化し正常なリガンド応答が起こらないことから、このジスルフィド結合は厳密なリガンド認識に深く関わっていると考えられた。 そこで、本年度は、カイコガのレセプターTorsoが同じ種のリガンド・カイコガPTTHを認識するが他種のリガンド・ヨトウガPTTHには応答しないという昆虫種特異性の機序を明らかにするために、カイコガPTTHおよびヨトウガPTTHの大量調製法の確立に専念し、それらのキメラ・リガンドなども作製できるよう試みた。組換体を調製する過程で、ヨトウガPTTHは、カイコガPTTHと同じ様式のフォールディングを取っていると思われるにもかかわらず、非常に性質が悪くカイコガPTTHで確立した調製法をかなり改良しなければならないことが明らかになった。年度の途中で私が研究機関を異動しなければならなくなったため、PTTH調製法の改良が進まなかったが、最終年度の末にはやっとヨトウガPTTHの調製法も確立することができた。今後は、確立した手法を用いて、いろいろなPTTHアナログを作製し活性を確認するとともに、安定同位体標識アナログを調製してTorsoとの相互作用残基や特異性決定残基を同定して行く予定である。
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