クサギカメムシが生産するトリデカンについて、平成28年度はその生合成前駆体と考えられるミリスチン酸をはじめ、分泌腺中の脂肪酸に着目して研究を進めた。昨年度、安定同位体で標識したグルコースをカメムシに与え、その標識がトリデカンに取り込まれることを確認した。そこで、同じ方法で飼育したカメムシを材料に、ミリスチン酸もグルコースからデノボ合成されるか検討することで、トリデカンとミリスチン酸の生合成上の関連を調べた。カメムシから分泌腺と腸管を摘出し、それぞれに含まれる脂質をFolch法で抽出した。抽出した脂質を脂肪酸メチルエステルに誘導した後、GC-MSで分析した。結果、分泌腺中のミリスチン酸にグルコースに由来する安定同位体標識が取り込まれていることが明らかとなり、このミリスチン酸がトリデカン生合成の前駆体であることが示唆された。ミリスチン酸以外にも、分泌腺中のパルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸に標識が取り込まれた一方、リノール酸には標識の取り込みは確認できなかった。すなわち、動物における一般的な脂肪酸生合成と同様に、カメムシ体内でも飽和脂肪酸と不飽和のオレイン酸がデノボ合成されることが明らかとなった。腸管でも同様の傾向が見られ、分泌腺だけでトリデカンの原料と考えられるミリスチン酸が特異的に合成されるわけではないことが示唆された。一方、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の割合を、分泌腺と腸管で比較すると、分泌腺では飽和脂肪酸の割合が高い傾向が見られた。したがって、分泌腺では飽和脂肪酸の生合成が活発であるか、分泌腺への飽和脂肪酸の積極的な輸送・蓄積が起こっていると考えられる。脂肪酸分析だけでトリデカン生合成を説明できるわけではないが、原料となるミリスチン酸をはじめとする飽和脂肪酸が分泌腺中に豊富に存在することがトリデカン生合成にとって何かしら有利な環境であると推測できる。
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