現代社会において、咀嚼の回数が大きく減少し、咀嚼の低下が健康状態を悪化させることが経験的に知られている。しかし、動物実験モデルが存在しないため、体の中で何が起きているかなど分子生物学的研究は全くされていない。本研究では、咀嚼における歯、筋肉の機械的運動だけでなく、成長因子を含有する唾液に注目して、咀嚼の栄養学的意義を明らかにする。咀嚼によって制御される肝臓・消化管の細胞増殖能や脂質代謝の悪化を遺伝子レベルで解析して、本咀嚼抑制動物モデルを確立する。私たちは、ラットにヒトの仮歯用の樹脂により前歯を固める方法により咀嚼抑制動物モデルを初めて開発した。昨年度に、この咀嚼抑制ラットを用いて、マイルドな肝障害を与え、咀嚼が及ぼす影響を検討したが、薬物性肝障害が起きなかった。そのため、本年度では咀嚼制御をしていない動物でクロレトンによる薬物性肝障害を確認した。昨年度の実験において、肝障害が起きなかった原因は不明であるが、咀嚼抑制のための処置と関係があるかもしれないため、次の咀嚼抑制の実験ではクロレトンの濃度を増加させることにした。胃上皮細胞ならびに肝細胞への障害を与える目的で急性アルコール投与を行った。アルコール性障害ではラット系統により応答が違うことが知られているため、ドンリュウラットで急性アルコール毒性を確認した。また、咀嚼抑制モデルラットに高コレステロール食を与えて血清脂質代謝を検討したところ、血清コレステロール濃度の増加が観察された。 今後この咀嚼抑制モデル動物を用いて、高コレステロール食、高脂肪食、肝障害、消化器障害などの負荷を与え、咀嚼のもつそれぞれの負荷への抵抗作用を検討していく。咀嚼は、肝臓を含めた消化器系の、特に上皮細胞の機能を密接に関わっていると考えられるので、全体をまとめて咀嚼のもつ一般的効力を明らかにしていく。
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