研究課題
本研究の目的は、船舶や海中構築物に付着してその機能を損なう付着生物を、それらの生物自身が持つ「引っ越し」の機能を利用して防除する技術の開発である。移動が頻繁に起こるイガイ科二枚貝シチヨウシンカイヒバリガイを実験に用いるために、2016年5月に研究船「新青丸」研究航海KS-16-5を実施した。伊豆諸島海域の明神海丘における個体採集と現場環境計測を予定していたが、悪天候に見舞われて半日の潜航調査しか実施できず、十分な個体数確保ができなかった。従って、本種で種々の条件検討を行うことは困難と判断し、後日比較実験に用いることができるように、採集した個体は飼育技術に優れる新江ノ島水族館に管理を依頼し、先にムラサキイガイについて研究を進めることにした。ムラサキイガイの移動誘起条件については、前年度実施した、ストレスにより移動を誘起する試みについて、より長期間観察を続けたところ、週単位で観察することで、前年度得た結果がより明確になることがわかった。従って、観察期間を長くとるために、期間延長申請を行った。また、移動を始めた個体が再び安定的な付着体制へと入る環境条件について検討を行い、物理的な環境が重要である可能性が示唆される結果を得た。一方、前年度にムラサキイガイのRNA-seq解析により4種類のコラゲナーゼ様配列を得たが、コード領域全長を単離し、それぞれMatrix metalloproteinaseとしての配列上の特徴を持つことを確認した。それぞれの発現部位を調べたところ、足糸を束ごと切断する役割を持つと考えられる組織において4種とも発現していることが確認できた。現在分子系統解析によるタイプ分けを試みているが、哺乳類で報告されている分類体系には単純には当てはまらない結果となった。
2: おおむね順調に進展している
移動が頻繁に起こる深海性イガイ類の採集は、本年度も悪天候により十分な個体数が確保できない結果となった。しかし、本種は常圧でも長期間の維持が可能な種であり、飼育技術に優れる新江ノ島水族館において比較実験用に維持管理されている。ムラサキイガイとの比較を中心に、今後の研究に有効活用していく。より長期のストレスにより移動を誘起する実験は計画通りに実施した。その結果、昨年度得た結果がより明確になったうえ、移動を始めた個体がどのような条件を好んで付着するのかについても次第に明らかになってきた。従って、ムラサキイガイ成体の付着・移動の基本原理が次第にわかってきている。延長期間において、結果を確認していきたい。なお、イガイ類がストレスに対して、行動よりもまず生理学的な方法で適応することに関連する論文発表を行った。コラゲナーゼについては、4種単離ができ、発現特性も解明できた点は予定通りの進捗である。残念ながら足糸切断専用の酵素は発見できていないが、別の用途の酵素を流用する戦略をとっている可能性もあり、さらなる解析が必要である。
シチヨウシンカイヒバリガイについては、まずは行動観察によりムラサキイガイと同様な2種の切断方法を示すかどうかを行動観察により調べていく。また、移動行動が確認できたら、RNA-seq解析により切断酵素の探索に進む。ムラサキイガイにおける、ストレスによる移動誘起実験については、延長期間中により長期の実験を行って、どのようなときに移動するのかを確定していく。また、移動を始めた個体がどのような条件になれば再付着しようとするのかをさらに明確にしていく。コラゲナーゼについては、より詳細な発現分布を調べていくとともに、他種の配列探索も実施し、分子系統解析による分子種の同定や、その結果を踏まえて別遺伝子の探索も継続して実施する。
H27年度に得た、ストレス曝露によりムラサキイガイの移動が止まるという発見を検証するため、より長期間の曝露実験を試みたところ、与える条件によっては曝露から1週間後に移動を開始するケースがあることがわかってきた。そのため、より確実な結論を得るためには、当初2日程度の予定であった各々の実験について、週単位での長期観察を再実施する必要が生じた。
ムラサキイガイの長期のストレス曝露実験を実行し、行動観察を行うことにより、移動誘起条件と再付着条件を解明する。また、並行してコラゲナーゼの性状解析を実施する。さらに、シンカイヒバリガイ類の移動様式について観察を行う。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (1件) 備考 (1件)
Plankton and Benthos Research
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http://darwin.aori.u-tokyo.ac.jp/inouelab/index.html