心電図における心室興奮の開始から終了するまでの時間に相当するQT間隔の延長は、ヒトの臨床において先天性および後天性QT延長症候群として注目されており、安全性薬理試験では薬物を開発する上での評価項目として重要視されている。しかしながら、従来の非臨床試験では、薬剤誘発性QT延長症候群(心電図QT間隔の延長による致死性の不整脈発症)の発生を予知することができなかった。そのため、不整脈誘発作用のある抗アレルギー薬のテルフェナジンや消化管機能調整薬のシサプリドなどが臨床の現場で患者に処方され、世界的に不整脈死が発生し大きな問題となった。このような事故を回避する目的で、日米欧医薬品規制調和国際会議はS7BおよびE14ガイドラインを制定し非臨床試験の役割を明確に記載するに至った。特にQT間隔を延長する医薬品の不整脈誘発リスクを直接評価できる催不整脈モデルの重要性が示している。申請者は、各種動物における心筋の活動電位を構成するイオンチャネルの特徴と心臓の電気現象の関連性を明らかにし、QT間隔延長の評価法や催不整脈モデルの作出を試みてきた。これらの研究を通してげっ歯類はこのチャネルの電流がほとんど無く、他の動物種において心室筋の再分極予備力を低下させたモデルを作出することの必要性が浮上した。薬剤のIKrチャネル遮断作用によるQT間隔の延長は、心室筋の再分極予備力が低下した際により顕著に出現し、重篤な不整脈の発症に至ると考えられている。そこで、本研究では心室筋における再分極を担うもう1つのイオンチャネルであるIKsチャネルをゲノム編集技術によりノックアウトして再分極予備力が低下したモデル動物を作製し、その有用性を明らかにすることを目的としている。ゲノム編集により得られた変異個体について、IKrチャネル遮断薬のE-4031を麻酔下で投与し心電図におけるQT間隔に及ぼす影響を検討した。
|