研究課題/領域番号 |
15K14876
|
研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
志水 泰武 岐阜大学, 応用生物科学部, 教授 (40243802)
|
研究分担者 |
椎名 貴彦 岐阜大学, 応用生物科学部, 准教授 (90362178)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 冬眠 / 低体温 / 転写調節 / 生理学 / 獣医学 / 低温ショックタンパク |
研究実績の概要 |
低温にさらされた細胞において、低温ショックタンパク質が特定のmRNAと結合して安定性を高めることによって、翻訳効率を上げることが示されている。研究代表者は、冬眠中のハムスターの心臓における低温ショックタンパク質の発現を検討し、CIRP (cold inducible RNA binding protein)がスプライシングの段階で制御を受けることを見出した。本研究の目的は、冬眠動物がスプライシングのレベルでCIRPのmRNA量を調節し、冬眠時に必要なタンパク質を効率よく発現させることを実証することである。 平常体温時のハムスター心臓においては、PCR法で3本のバンドとして増幅されるCIRP mRNAが冬眠中には1本のバンドとなる。このようなCIRPの選択的スプライシングが、心臓以外の臓器においても起こるか検証したところ、脳(視床下部や延髄、辺縁系、大脳皮質)、肺、肝臓、腎臓といった主要臓器において、冬眠時に同様の制御かかることが判明した。他の臓器より低い温度に保たれている精巣においては、平常体温時でも単一のCIRP mRNAしか存在しなかった。冬眠を誘発するために、環境温度や明期を段階的に下げ、給餌量を少なくするといった環境のコントロールが必要となるが、この準備期間にはCIRPの選択的スプライシングが起こらなかった。麻酔剤と冷却を組み合わせる方法によってハムスターを冬眠と同等の低体温に誘導した場合にも、CIRPの選択的スプライシングは起こらなかった。一方、脳内アデノシン系の賦活化により冬眠様の低体温を誘導した場合には、CIRPの選択的スプライシングが起こった。このようにCIRP発現の転写後調節が起こることが明確となった。準備期ではなく冬眠に入る直前に発せられるシグナルが、CIRPの選択的スプライシングを調節するものと推察される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、(1)冬眠に移行するハムスターにおいて、CIRP発現の転写後調節が起こることを証明する、(2)人工的な冬眠様の低体温との比較から、CIRP発現と低温耐性の関連性を明確にする、(3)冬眠しないラットやマウスにCIRP発現を誘導し、低温耐性の獲得を実現する、という3つの目標を掲げた。本年度は、計画通りに(1)と(2)の計画の一部を実行することができた。 計画書に記載した4つの検討項目のうち1つ目は、もう一つの低温ショックタンパク質であるRBM3遺伝子の発現調節を検討することであった。CIRPのような特徴的な変化を示さないことから、2種類の低温ショックタンパク質がそれぞれ異なる発現調節を受けることが示された。2つ目は、心臓以外の臓器におけるCIRP遺伝子の発現調節を検証することであったが、調べた全ての臓器で心臓と同様のスプライシング調節が起こることがわかった。この結果は、細胞が低温にさらされることが選択的スプライシングの引き金となる可能性を示唆するものである。検討項目の3つ目は、冬眠サイクル(準備期、入眠期、低体温維持期、覚醒期)におけるCIRP遺伝子の挙動を調べることである。覚醒期のサンプルが不足しているものの、おおむね実験が完了した。準備期ではなく入眠期に調節が起こることがわかった。4つ目は、人為的な低体温状態におけるCIRP遺伝子の発現調節を調べることであるが、ハムスターに強制的な低体温と脳内アデノシン系の賦活化により冬眠様の低体温を誘導して検証した。同じ低体温でも、強制低体温では選択的スプライシングが誘導されないという興味深い結果が得られた。このように計画書に沿って実験が順調に進んでおり、論文も一報公表するに至ったので、おおむね順調に進展していると自己評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は申請書に記載した計画に従って、培養細胞での低温ショックタンパク質遺伝子の発現を調べるとともに、非冬眠動物における低温ショックタンパク質遺伝子の発現を検討する。また、遺伝子発現レベルでのスプライシング調節だけでは、その生理学的意義に迫ることが困難であるので、CIRPタンパク質のターゲットとなる分子や連動する細胞内情報伝達系について検証する実験も加える。 選択的スプライシングによる発現調節が確認された肝臓に由来する細胞の初代培養系を作成し、細胞レベルでの低温暴露がスプライシング調節を誘導するか調べる。冬眠中に消えるmRNAを導入し、Dominant negativeとして機能する可能性を探る。特にアデノシンを脳室内投与したハムスターの血清を添加する実験を行い、なんらかの調節因子が存在する可能性を精査する。CIRPタンパクの下流には、ERKやAktといったリン酸化酵素の活性化があり、これらが傷害から細胞を保護するのに必須であるといわれている。培養細胞、あるいは低体温としたハムスターの臓器から得たサンプルを使い、これらの酵素のリン酸化状況を検討する実験を行う。 これらの実験と並行して、非冬眠動物における低温ショックタンパク質遺伝子の発現を検証する。ラットやマウスにおいても、麻酔剤と冷却を組み合わせる方法や脳内アデノシン系の賦活化で低体温に誘導することができるので、これらの動物においてCIRPの選択的スプライシングが起こるか検討する。組織切片を作成し病理学的な検証を組み合わせ、CIRP発現と組織傷害の関係性を注意深く調べる。本研究の最も重要なトライアルとなるので、十分な時間をかけて実験を行うこととする。
|