冬眠中の動物は、虚血再環流傷害や物理的・化学的侵襲に対する抵抗性が高いなど、さまざまな特性を持っている。この性質を医療応用するためには、冬眠動物が極度の低体温下で細胞機能を維持するメカニズムを解明する必要がある。本研究は、細胞保護作用のある低温ショックタンパク質CIRPに着目し、冬眠動物での発現調節機構を解明すること、およびその成果を応用し非冬眠動物を冬眠様の低体温に誘導することを目的とした。 前年度に、冬眠動物であるハムスターの各臓器においては、平常体温時にPCR法で3本のバンドとして増幅されるCIRP mRNAが冬眠中には1本のバンドとなること、このようなCIRPの選択的スプライシングは、冬眠準備期ではなく冬眠に入る直前に起こることを明らかにした。本年度の研究において、この選択的スプライシングを誘導する要因について精査したところ、特定のホルモンや神経のシグナルではなく、30℃前後の低温になることが重要であることが判明した。麻酔剤や脳内アデノシン系の活性化による人工的な低体温においても、選択的スプライシングが誘導された。心臓をはじめとする多くの臓器で、組織像に異常は認められなかった。ハムスターにおいて臓器傷害のない人工的な低体温誘導法が確立できたので、ラットとマウスへの適用を試みた。これらの非冬眠動物においても15℃前後の低体温に誘導できること、冬眠動物と同様にCIRPの選択的スプライシングが起こることが明らかとなった。冬眠中の動物は感染症に抵抗性を示すので、狂犬病ウイルスを感染させたマウスを低体温に誘導し、その効果を調べた。発症を完全に回避できなかったが、低体温によってウイルスの中枢神経系への移行が遅延し、発症までの期間を延長させる効果があった。狂犬病のようにウイルスへの暴露後ワクチンが有効な疾病では意義深いと考えられる。
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