これまでの精子幹細胞研究の多くが、移植後に精子形成のコロニーを作る活性に基づいているにも関わらず、コロニーが作られるプロセスは依然ブラックボックスとして残されていた。研究代表者はこれまでに、宿主マウス精細管内に移植された精子幹細胞のクローンが、本来存在する基底膜上へ到達後に大量死を起こすことを発見した。そこで、宿主マウス精細管へ移植した精子幹細胞の振舞いを明らかにする目的で、クローンの運命を単一細胞レベルで詳細に解析した。その結果、移植後に基底膜上に到達した精子幹細胞のうち、自己複製するのはごく一部であり、大部分が分化することを発見した。この発見に基づいて、移植後に基底膜上に到達した精子幹細胞の分化を抑制することにより、クローンの消失が抑制されるという仮説を立てた。そこで、精子幹細胞の分化シグナルであるレチノイン酸に着目し、レチノイン酸の前駆体であるビタミンA除去食での飼養により、宿主マウスのビタミンA欠乏を誘導した。ビタミンA欠乏宿主マウスに精子幹細胞をパルス標識して移植した結果、精子幹細胞を含むクローンの割合が通常の宿主と比較して約4倍増加し、クローンの分化が抑制されることが示唆された。また、ビタミンA欠乏宿主マウス精巣におけるクローン数は、通常のマウスと比較して有意に増加したことから、移植後に基底膜上に到達した精子幹細胞は分化して消失することが示唆された。以上の結果から、精細管内移植後に起こる精子幹細胞のクローンの大量死の原因の一端が初めて明らかにされた。
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