平成27年度までの研究成果により、卵内のエクダイソンを供給する上で主要な役割をもつEPPaseをノックダウンすると、カイコの性分化のマスター遺伝子であるBmdsxの発現量が減少することが判明した。この事実は、エクダイソンからのシグナルが胚子期におけるBmdsxの発現量を制御することを示唆している。そこで平成28年度はエクダイソンシグナル伝達に関わる主要な遺伝子のノックダウンがBmdsxの発現量に及ぼす影響について調べることにした。その結果、活性型のエクダイソンである20-ヒドロキシエクダイソン(20E)の受容体であるEcRの発現をノックダウンした場合にのみ、雌雄の胚子におけるBmdsxの発現量が有意に減少することが明らかとなった。このことは、Bmdsxの発現がEcRの制御下にあることを示している。そこで次に、20Eアナログであるポナステロンを卵内に注射し、20Eの投与がカイコの性分化に及ぼす影響を調べた。しかし、ポナステロンの注射は多くの胚子に致死をもたらし、わずかに生存した卵から孵化した個体の性分化について調べたが、特に異常はみられなかった。様々な濃度でポナステロンを卵に注射したが、20E投与に応答するはずのEcRの発現量の増加がみられず、Bmdsxの発現量にも変化は認められなかった。胚子におけるEcRの増加を引き起こすポナステロン注射条件を見つけることができなかったため、胚子由来の培養細胞であるNIAS-Bm-M1細胞をポナステロン存在下で培養し、ポナステロン処理がBmdsxの発現量に及ぼす影響について調べることを試みたところ、この細胞ではBmdsxがほとんど発現しておらず、実験には適していないことがわかった。以上、平成28年度の研究により、Bmdsxの発現がEcRの制御下にあることが判明したが、20EがBmdsxの発現を誘導するか、またカイコの性分化を制御するか、という点については明らかにできなかった。
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