研究課題/領域番号 |
15K14957
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研究機関 | 公益財団法人東京都医学総合研究所 |
研究代表者 |
村上 誠 公益財団法人東京都医学総合研究所, 生体分子先端研究分野, 参事研究員 (60276607)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 酵素 / 脂質 / 生体分子 / 組織・細胞 / 代謝 / 遺伝子改変マウス / メタボローム |
研究実績の概要 |
コリンは、メチル基の供給源、神経伝達物質アセチルコリンの前駆体、細胞膜リン脂質のPCやスフィンゴミエリンの構成要素などとして利用される。コリンは母乳や食事から外因性に供給される以外にも、細胞膜のホスファチジルコリン(PC)から内因的に動員される代謝経路の存在が想定されていた。我々は、iPLA2/PNPLAファミリーに属する機能未知分子PNPLA7がリゾホスファチジルコリン(LPC)を基質としてグリセロホスホコリン(GPC)を生成するリゾホスホリパーゼであることを発見した。PNPLA7欠損マウスの肝臓ではGPCとその下流の代謝物であるコリンおよびメチオニンが大きく減少し、成長遅延、早老、白色脂肪組織の褐色化と喪失、低血糖、VLDLの産生低下、ケトン体の増加、脂肪肝などの表現型を示した。したがって、PNPLA7はLPCからGPCを産生する鍵酵素として機能し、PNPLA7欠損マウスが示す表現型の根本的な原因は、この代謝経路が遮断されることによる深刻なコリン不足に起因すると結論した。更に、PNPLA7の上流でPCからLPCを産生する酵素の探索を行った結果、同じ分子ファミリーのPNPLA8を同定した。PNPLA8欠損マウスはPNPLA7欠損マウスと類似の表現型を示し、肝臓のコリン・メチオニン代謝経路の代謝物が著減していた。したがって、PNPLA8→PNPLA7経路が肝臓において膜リン脂質(PC)から内因性コリンを動員する主経路であることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度中にPNPLA7の上流の酵素としてPNPLA8を同定できたことは大きな成果である。これは、研究代表者のグループが所有する各種PLA2関連分子の欠損マウスのうち、PNPLA8欠損マウスのみがPNPLA7欠損マウスと極めて類似の表現型を示すことに気づいたからに他ならない。これまで、GPCやコリンは母乳や食事から摂取する栄養素と考えられてきたが、膜PCから内因的に産生されるGPCとその下流のコリンの重要性は殆ど認識されていなかった。本研究の成果は、肝臓においてPNPLA8(ホスホリパーゼA2)―PNPLA7(リゾホスホリパーゼ)経路により制御される内因性GPC-コリン産生経路が全身の代謝に極めて重大な影響を与えていることを世界で初めて明らかにしたといえる。これまでPNPLA8はエネルギー代謝や脂質メディエーター産生に関わることが提唱されていたが、その作用機序は曖昧であった。従来、PNPLA8欠損マウスでは筋肉や褐色脂肪組織のミトコンドリアに変性が生じ脂肪燃焼が低下することが指摘されていたが、これが主原因であるのであればPNPLA8欠損マウスは脂肪が蓄積し肥満を呈するはずである。しかしながら、実際にはPNPLA8欠損マウスは(PNPLA7欠損マウスと同様)痩せ細っており、このことはPNPLA8には従来想定されていたミトコンドリア機能の調節とは異なる役割があることを示唆している。今年度の発見は、PNPLA8の真の生理的位置づけを確立したものとして高く評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでは欠損マウスの個体レベルの表現型解析が主体であったため、細胞レベル、分子レベルでのPNPLA7の機能とその調節機構を解明することが重要である。このため、(1)欠損マウス由来初代培養肝細胞を用いて、PNPLA7が調節する代謝応答を整理する、(2) PNPLA7の活性制御機能について、リン酸化などの翻訳後修飾を検証するとともに、会合蛋白の探索などを行う、(3) 欠損マウス由来細胞へのGPC、コリン、もしくはその代謝物の添加による表現型の回復実験を行い、表現型がコリンの不足に起因することの確証を得る。一方、本欠損マウスは中枢神経系の異常、具体的には海馬CA3領域および大脳皮質 第II~III層の脱落、線条体の萎縮、脳室の拡大等、顕著な組織学的異常を認めており、特定のニューロンにおけるコリンリン脂質代謝やアセチルコリン生合成の低下に起因する可能性を予想し、これを検証する。また、GPC濃度がPNPLA7欠損の影響を殆ど受けない臓器では類縁酵素PNPLA6の関与が想定されることから、GPCの重要性を包括的に理解するためには、PNPLA6欠損マウスについても今後解析を進める必要がある。全身性PNPLA6欠損マウスは胎生致死であることから、現在はコンディショナルPNPLA6欠損マウスの作出を進めている。更に、PNPLA7の下流でGPCからコリンを取り出す酵素(GDE)の同定も本研究の目的のひとつであり、ゲノム上にコードされている7種のGDE分子種の中から責任分子のスクリーニングを実施する。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度(平成27年度)中にPNPLA6欠損マウスを作出する予定であったが、ターゲティングベクターの購入発注から納品までに半年以上の時間を要し、年度末近くになってようやく欠損マウス作出を開始することとなった。このため、初年度に計上を予定していたPNPLA6欠損マウスの作出費用を次年度に繰り越す。
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次年度使用額の使用計画 |
初年度からの繰越分はPNPLA6欠損マウスの作出経費(消耗品費、動物飼育費)に計上する。二年次の助成金の使用明細については、国内外の学会出張に計上するほか、消耗品費、解析委託費、ならびに謝金に計上する予定である。
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