研究課題
PACAP (Pituitary Adenylate Cyclase-Activating Polypeptide)は、神経細胞の保護および神経修復・再生の二つの作用を有する神経ペプチドであり、神経損傷疾患の治療戦略に重要な役割を果たすことを我々は検証してきた。我々の行ってきたプロテオミクス解析により、マウスの中大脳動脈閉塞による脳虚血後にPACAPを脳室内投与することにより、CRMP2タンパク質の発現が投与6時間後で上昇し、CRMP2陽性反応が梗塞周囲のペナンブラ領域の神経細胞に強く認められることが分かった。CRMP2は軸索形成に重要な因子であることが知られている。そこで本年度はより運動機能や軸索新生を評価し易いマウスの脊髄損傷モデルを用いた機能解析を行った。インパクターにより脊髄を損傷させたマウスにPACAPを浸み込ませた徐放性ゲルを損傷脊髄に塗布し、その後の運動機能を経時的に評価したところ、PACAP10-12 M添加群では生理的食塩水添加群と比較して損傷後14日目において有意な運動機能の回復が認められた。損傷後の脊髄においてCRMP2 mRNA発現量を定量したところ、PACAP添加群では生理的食塩水添加群と比較して7日目で増加傾向を示し、14日目で有意差が認められた。CRMP2免疫陽性反応は脊髄の大型及び小型の神経細胞と一部のオリゴデンドロサイトに重なり、さらに傷害後では傷害部と正常部の境界領域において強い陽性反応が観察された。さらに順行性トレーサー投与実験により、PACAP添加群では損傷領域近傍部における軸索が多数観察された。以上の結果より、PACAPはCRMP2発現量を上昇させ、損傷後の軸索再生を誘導することにより運動機能の回復を促進していることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初はOMIX解析にてPACAPが虚血細胞死を抑制するメカニズムの一端を明らかにし、さらに経時的に新規遺伝子あるいは遺伝子産物を特定することを目的として考えていたが、本研究がより進展し、CRMP2という遺伝子産物の発現をPACAPが6時間で亢進することを昨年までに見出しことができた。さらに本年度はその軸索新生機能を別の神経傷害モデルによって評価することができた。また、PACAPによる脊髄損傷モデル動物を解析していく過程で、骨髄に存在する間葉系幹細胞(MSCs)が細胞修復作用に重要な働きをしていることが分かった。またPACAPは障害を受けた部位に移植されたMSCsを刺激して炎症性サイトカインを抑制しさらに神経新生・再生因子の分泌促進することも明らかになった。運動機能修復も2週間くらいで認められることも分かってきた。
これまでの研究において、PACAPの下流域にCRMP2が存在し、軸索新生・再生に関連していることが示唆されている。次年度以降はこの機構が他の神経傷害モデルについても認められるものであるか、またその詳細なメカニズムの解析を進めていく予定である。さらにCRMP2と神経細胞死抑制の分子機構との関連性についても明らかにする。一方、新規ドラッグデリバリー法としてハイドロゲルによるPACAPの脊髄損傷モデル動物における実験が有効であることが確認されたことから、さらにこの方法の人への臨床応用をめざした研究も行っていく予定である。また、我々は脳梗塞モデル動物を用いてPACAPの点鼻投与による遅発性神経細胞死防御の研究も同時に行ってきている。そしてこのペプチドが脳の実質内に浸透する効果もしらべ論文発表を行っている。脊髄損傷モデル動物にPACAPの点鼻投与を行って細胞死抑制および運動機能回復をしらべる必要があると考えており、今後その実験研究を行いたい。また、人へのトランスレーショナルな研究としてマーモセットを使って虚血性神経細胞死抑制効果を我々はしらべている。この研究はまだ着手したばかりであり十分な成果がえられていない。ただ、脳虚血モデルや投与方法などについての予備実験はすでに行っているので、今後脊髄損傷モデルを作成してマーモセットを用いることにより効果的な実験ができると考えている。さらに、PACAPより受容体への結合性の高いPACAPアナログについても細胞死抑制効果を検索し、ヒトでの臨床応用が可能な研究へと発展させていく予定である。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 1件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 8件) 図書 (2件)
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