我々は、眼球運動に伴う高速な網膜像の動きには気づかない一方で、高速で動く物体の運動は正しく知覚できる。本研究では、脳がどのように視覚世界の安定性と対象の運動検出を両立させているかを明らかにすることを目的とした。そのために、運動知覚に重要な役割を果たしている大脳皮質MT野およびMST野ニューロンの運動方向に対する反応特性が、高速な眼球運動の前後でどのように変化するか、もしくは変化しないのかを検討した。 まず、サルに注視課題を行わせながら、MT野およびMST野の単一ニューロン活動を記録した。そして、運動方向選択性・スピード選択性・受容野の位置・大きさ選択性を調べた。その後、サルに視覚誘導性の眼球運動課題を行わせながら、記録を続けた。眼球運動課題では、サルは試行ごとに、上下左右の4方向に10度の眼球運動を行った。サルが上向きに眼を動かした場合、網膜像には下向きの動きが生じる。そのときの網膜像の動きに対する反応をアクティブ条件の反応と呼び、注視課題中の反応をパッシブ条件の反応と呼ぶ。平成28年度において、MST野では、アクティブ条件とパッシブ条件とで、最適運動方向が逆転するニューロン群と逆転しないニューロン群の2群に分かれることを見出した。MT野では、2群に分かれることはなく、アクティブ条件では、さまざまな方向に最適運動方向が変化していた。最終年度においても、この結果をまとめるためにデータ収集を行った。 本研究の結果は、脳は、MST野に存在する、運動方向選択性が逆転するニューロン群と逆転しないニューロン群の活動を足すことで、眼球運動による網膜像の動き信号を消去している可能性を示唆する。
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