研究課題/領域番号 |
15K16061
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤原 直哉 東京大学, 空間情報科学研究センター, 助教 (00637449)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 複雑ネットワーク / 感染症 / 数理モデル |
研究実績の概要 |
平成28年度は、所与の拡大状況のもとで、取りうる感染拡大対策を行うために必要な手法の開発を行った。これまで本研究では、エージェントごとの行動から接触および感染をモデル化していたが、28年度は、都市圏における人の流動データから地理的なネットワーク上でモデル化した。このようにして構成されたネットワークに、ネットワークのクラスタリング手法であるMap Equationを適用し、感染が拡大する地域をクラスタとして抽出した。 さらに、クラスタ検出に用いるデータによる結果の違いを調べた。特に、異なる年齢層のデータを用いた際のクラスタリング結果を比較し、高齢者ほど検出される地理的クラスタの大きさが小さくなる傾向にあることを確かめ、学会発表を行った。この結果は、感染拡大の速度と感染者の年齢の間の関係性を示唆するものである。 28年9月に長崎大学熱帯医学研究所を訪問し、本研究の成果についてセミナー発表を行い、公衆衛生学の研究者と、実際の感染症の空間的拡大パターンとの比較について議論を行った。本研究ではこれまで、実データとしては人の流動データのみを適用してきたが、感染症の実データとの比較は今後の展開のために重要である。 また、情報伝播のモデル研究として、ランダムウォークしながら近接振動子と相互作用するカオス振動子集団のカオス同期現象の解析を行い、同期状態が線形安定なパラメタでも、相互作用の影響で同期状態が破壊される現象を見出した。また、流れ場における粒子の移流のモデルにおいて、パラメタをわずかに変化させた場合の定常状態の変化を摂動論的に見積もる手法を提案した。本研究は、人の流動の他にも、電力網や気候科学などにも応用可能性がある。以上の結果は28年度に2編の学術論文として出版された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画では、平成28年度には感染症対策の実施に必要な手法の構築、特に感染症対策の最適化理論の定式化を予定していた。この点に関しては、本研究で導出された感染最終規模を見積もる方程式による近似のもとでの最適化に関して考察を行い、研究が進展している。ただし、学会発表や論文出版などには至っていない。 また、予防接種や行動制限などの政策を実施する際の支援になる手法として、クラスタリング手法の適用とその結果の可視化を行った。本手法の開発は研究開始当初には予定されていなかったが、この手法によって公衆衛生の担当者などにも感染拡大の様子が直感的に理解しやすくなると考えられる。さらに、公衆衛生学の研究者と本手法の実データへの適用について議論するなどの進展があった。このように、当初予定されていなかった、本研究の応用に向けての重要な進展が見られたことは大きな成果であった。 以上のように、当初の計画どおりに進展していない点もあるものの、本研究はおおむね順調に進展していると考える。最終年度に向けてさらに研究を進めていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、GPSデータなどを用いて本手法を時変ネットワークに拡張するとともに、国際会議における研究発表および論文出版によって研究成果の公表を行う。さらに、公衆衛生の研究者と密接に議論を行い、本研究の実際の感染データへの応用を視野に研究を推進する。 本研究課題で導出した感染最終規模方程式は、ネットワーク構造が時間的に変化しない場合に有効であるが、一般にネットワーク構造は変化している。ネットワーク構造の時間変化のスケールが感染症拡大の時間スケールと同程度になるときには、ネットワーク構造の変化も考慮しなければならない。本年度はそのような状況に手法を拡張する。この拡張によって、本研究の手法の適用範囲が広がる予定である。 また、当初予定していなかったが、実際の感染データを用いて、人の流動データから推定した感染の拡大の様子を実際の感染の空間的な拡大パターンと比較する。この結果によって、理論研究である本課題を実証レベルまで引き上げることが可能となる。 以上のように、29年度は研究のまとめを行うとともに、研究の重要な拡張に向けた準備を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の遂行のために計算機の購入を検討していたが、既存の計算資源で十分な計算を行うことができたので、計算機の購入が不要となったためである。
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次年度使用額の使用計画 |
最終年度は論文の執筆などの活動が重要となる。物品購入費については、当初予定していた計算環境ではなく、論文執筆に適した環境構築に利用する予定である。また、今後の研究の発展に必要な、数理科学、ネットワーク科学、感染症等の書籍のほか、本研究の一般化に必要な都市工学などの書籍も必要に応じて購入予定である。
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