研究課題/領域番号 |
15K16120
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研究機関 | 国立極地研究所 |
研究代表者 |
永塚 尚子 国立極地研究所, 国際北極環境研究センター, 特任研究員 (30733208)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 氷河上ダストの起源 / 黒色炭素(ブラックカーボン)の形態観察 / 北極域の氷河暗色化 / Sr-Nd同位体比 |
研究実績の概要 |
2014年にグリーンランド西部沿岸域の複数の氷河上で採取されたクリオコナイト(鉱物粒子と氷河上微生物由来の有機物の集合体)に含まれる鉱物のSrとNdの同位体比を分析した結果,同位体比は各氷河周辺の堆積物に近い値を示し,先行研究において起源と示唆されるアジアの砂漠とは著しく異なる値を示した.このことから,各氷河上に堆積する鉱物は遠方の砂漠から供給された風成塵ではなく,それぞれの氷河周辺から供給されたものであることがわかった.さらに,北西部のカナック氷河では同位体比は氷河の標高によっても異なった.上流域では氷河周辺に堆積するモレーンに近い値を示したのに対し,中流域では過去に氷河上流部に堆積したものが氷の流動によって氷体内部を通って下流へと運ばれ,表面に露出したダストに近くなった.これは,氷河上の鉱物の供給源が複数存在し,それは氷河周辺のモレーンと氷体内部からのダストであることを示している.カナック氷河では中流域で特に表面の暗色化が著しいことから,暗色化には氷体内ダストの寄与が大きく影響していることがわかった. 氷河上の黒色炭素の分析については,デンマーク工科大学のRamona Mateiu氏との共同研究を通じて,走査型電子顕微鏡を用いた観察手法の開発を行った.観察の結果,グリーンランドの氷河の積雪中には,直径~60 nmの同サイズの球形粒子で構成された鎖状の構造を持つ粒子と凝集体構造を持つ粒子が含まれており,それらは主にカーボンで構成されていた.これは,先行研究で報告されている黒色炭素粒子の構造に近い特徴であることから,本研究で観察されたこれらの粒子も黒色炭素であると考えられる. 以上,本研究の成果によって,まだその詳細がほとんどわかっていない氷河暗色化のメカニズムや,積雪表面の光学特性に影響を及ぼす可能性がある黒色炭素の形態に関する理解が進むと考えられ,その社会的意義は大きい.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度は当初の計画どおり,2014年に採取したクリオコナイトのSr-Nd同位体比,および鉱物組成分析を行うことができた.これらの成果は現在,論文としてまとめており,近く国際誌に投稿予定である.さらに黒色炭素に関しても,予定通り走査型電子顕微鏡を用いた手法の開発を確立させることができており,本研究はおおむね順調に進展している.
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題を進めるにあたって,今後はクリオコナイト同様,2014年にグリーランド氷床上の複数の地点で採取された黒色炭素の形態を観察し,その空間分布を明らかにする.平成27年度に確立させた顕微鏡観察手法を用いて,グリーンランドの場所による黒色炭素の形態の違いを明らかにすることができれば,その起源や氷河氷床表面の暗色化に与える影響の違いを,よりはっきりと示すことができると考えられる.また,クリオコナイト中の有機物成分のSr-Nd同位体比についてはすでに測定を終えているが,まだ十分な考察を行うことができていないため,主要元素,微量元素の同定,定量を行い,その結果を合わせて考察することで微生物の有機物生産への影響について明らかにする. さらに,氷河上に供給されるこれらの暗色物質が年によって異なるのかどうか明らかにするため,2011 年から2013 年にかけて氷河上で採取されたクリオコナイトと黒色炭素についても同様に分析を行い,2014 年の結果と比較してその時間変化を明らかにする.また,余力があれば現地に行って氷床表面だけではなく,大気から降下するダストや黒色炭素を直接捕集する.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では,黒色炭素表面の軽元素の定量を行うために,SEM用オスミウムコーター(250万円)を購入予定であったが,実験の結果,オスミウムコーターではなく既存のエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて試料とバックグラウンド両方から検出される元素を定量し,その差を求める方法が最も効率よく定量を行うことができると判断して装置の購入を中止した.また,共同研究者であるデンマーク工科大学のRamona Mateiu氏の研究室を訪問して電子顕微鏡観察手法の開発を行う予定であったが,Ramona氏が自身の研究助成金を獲得して来日し,当方の研究所で手法の開発を行ったため,デンマークへの訪問を中止した.
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次年度使用額の使用計画 |
本年度は,昨年度に引き続き京都の総合地球環境学研究所にてダストのSr-Nd同位体比を測定するため,その測定費用や試料の準備に必要となる試薬の購入に使用する.また,積雪中の黒色炭素についても本格的に試料の観察をスタートさせるため,観察用備品(支持膜)および走査型電子顕微鏡の維持に必要となるエミッター(電子源)などの交換費用としても使用する.さらに,余力があればグリーンランドに行って氷床表面の積雪だけではなく,大気降下サンプルも採取したいと考えていることから,その旅費や装備費用としても使用する.
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