研究課題
n-3系多価不飽和脂肪酸は出生前後の脳形成期に脳組織に蓄積され、その摂取不足は認知機能の低下や異常行動などの機能異常となって現れ、統合失調症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの疾患を引き起こすことが知られているが、分子機構は解明されていない。脳アストロサイトにはn-3系多価不飽和脂肪酸に強い親和性を持つ脂肪酸結合蛋白質FABP7が発現しており、FABP7遺伝子欠損(FABP7-KO)マウスは恐怖増加などの情動行動異常を示すことが報告されているがその分子機構は解明されていなかった。本研究期間で申請者は、FABP7-KOマウスの内側前頭前野でニューロンの樹状突起の数、及びシナプスの数が減少している事、FABP7-KOアストロサイト由来の液性因子によるニューロンの支持機能が低下していることを新たに見出した (Ebrahimi M et al. Glia. 2016)。また、以前明らかにしていた、FABP7による脂質ラフト機能の制御 (Kagawa Y et al. Glia. 2015) に関して、更なる詳細な解析により、FABP7はエピジェネティックに脂質ラフト骨格蛋白質caveolin-1の発現を制御していることが明らかになった (データ未発表)。以上の結果より、細胞内の多価不飽和脂肪酸代謝はエピジェネティックな遺伝子発現制御に関与しており、その機構を以て脳アストロサイトの細胞外刺激応答を調節することで神経可塑性の変化に関与していることが推測される。これらの発見は、従来の統合失調症病態の理解に全く新たな道を開くもので、更にFABP7により制御される細胞内多価不飽和脂肪酸の機能を解析することで統合失調症の治療や創薬の開発に大きく貢献できると考える。
1: 当初の計画以上に進展している
FABP7-KOマウスに見られる情動行動異常のメカニズムを検討するため、脳の神経細胞の形態を詳細に観察した結果、FABP7-KOマウス脳の内側前頭前野ではニューロンの樹状突起の数、及びシナプスの数が減少している事を見出した。さらにアストロサイトのFABP7欠損とニューロンの形態異常を関連付けるため、WTマウスより初代培養ニューロンを作製し、WT及びFABP7-KOマウスより作製した初代培養アストロサイトとそれぞれ共培養を行った結果、FABP7-KOアストロサイトとの共培養ニューロンでは樹状突起の数および長さ、シナプスの数に異常が見られた。またWT及びFABP7-KOアストロサイトの培養上清を用いたニューロンの培養でも、同様の結果が得られた。以上の結果は、FABP7-KOアストロサイト由来の液性因子の産生異常が、神経可塑性を変化させることを示唆するものである。また、以前に申請者はFABP7がcaveolin-1の発現を調節することで脂質ラフト機能制御に関与することを明らかにした。近年、脂肪酸摂取とエピゲノム変化の関連が数多く報告されており、FABP7による脂質動態の制御がエピゲノム変化をもたらす可能性は非常に高いことが考えられた。そこで、FABP7によるcaveolin-1遺伝子発現の制御機構についてDNAメチル化をバイサルファイトシークエンス法で、ヒストンメチル化・アセチル化を特異的な抗体を用いたCHIPアッセイ法で検討した結果、FABP7-KOアストロサイトではcaveolin-1の転写調節領域におけるDNAのメチル化レベルが増加すること、ヒストンH3蛋白質リジン27残基のアセチル化レベルが低下することが明らかになった。以上の結果は、FABP7がエピジェネティックなcaveolin-1の発現制御機構に関与していることを示す。
本研究テーマにおいて、神経可塑性の変化に関与するFABP7-KOアストロサイト由来の液性因子を同定することは、アストロサイトにおける多価不飽和脂肪酸の代謝異常が引き起こす精神疾患の病態メカニズムを解明する為に必須の課題である。そこで、野生型およびFABP7-KOマウスのアストロサイトの大量培養を行い、培養液を採取後、タンパク質および脂質の濃縮を行う。得られたサンプルに対して、質量分析を施行することで、両者間で変化がみとめられる物質を候補とする。また、網羅的遺伝子発現解析を施行し、2群間に成長因子などの神経可塑性調節因子の発現に変化が認められるか否かについて検討を加える。 さらに神経可塑性調節因子の同定が出来れば、その因子を用いて、FABP7-KOマウスに見られるニューロンの形態異常をリカバリー出来るかどうか検討する。初代培養FABP7-KOアストロサイトにcaveolin-1を過剰発現させることでアストロサイトの外部刺激応答が改善することは以前報告している。すなわち、「FABP7-KOマウスのアストロサイトにおけるcaveolin-1発現量低下の改善により、ニューロンの形態異常及び情動行動異常が改善する」という仮説が立てられ、アストロサイトの脂質ラフトと精神疾患病態の関連性について言及することが出来る。そこで、先述の神経可塑性調節因子が同定できれば、その因子の発現が脂質ラフトを介した外部刺激応答に依存するかどうかを検証する。
2015年5月に山口大学から東北大学に異動した。異動先の研究室で保持していた消耗品を使用することができ、当初の計画よりも消耗品費が節約できたため、次年度使用額が発生した。
27年度は予定していた研究計画の大半が遂行できた。その中で予想していなかった結果が得られたので、28年度に予定していた研究計画に加え、新たな研究計画を遂行するため、そのための消耗品費として支出する予定である。
すべて 2016 2015 その他
すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 2件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 7件、 謝辞記載あり 7件) 学会発表 (4件) 備考 (1件)
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