研究課題/領域番号 |
15K16278
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 |
研究代表者 |
柳田 明進 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所, 埋蔵文化財センター, 研究員 (30733795)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 鉄製遺物 / 脱塩 / 腐食 / 水蒸気 / 潮解 / 保存科学 / 保管環境 |
研究実績の概要 |
本研究は従来の液状水を用いた脱塩とは全く異なる、より確実で鉄製文化財へのストレスが大幅に軽減されうる水蒸気移動を利用した新規脱塩法の開発を目的としている。平成28年度は新規法の処置条件および効果の検討のための基礎実験を進め、下記の3点の成果が得られた。なお、新規法は鉄製遺物内部の塩化鉄(Ⅱ)を潮解させる工程、有機溶剤に浸漬することで潮解した塩化鉄(Ⅱ)を除去する工程からなる。 1)鉄製遺物を模した試料をもちいて鉄製遺物の腐食が抑制されつつその内部の塩化鉄(Ⅱ)が潮解する湿度条件とその際の腐食機構を検討した。その結果、RH59%が潮解時の湿度条件として最適であり、数時間から24時間以内に塩化鉄(Ⅱ)が完全に潮解することが認められた。また、塩化鉄(Ⅱ)の潮解時の腐食の機構を検討する過程で相対湿度と腐食速度の関係を提示した。その結果、相対湿度56%以上では湿度の上昇に伴って急激に腐食速度が上昇することが示され、鉄製遺物の保管環境を検討する上での重要な知見を得た。 2)新規法の処置後の腐食抑制の効果を検討した。従来法では処置にともなう腐食層の構造の変化が生じるものの、新規法では腐食層の構造の変化は認められず、内部に集積する塩化物塩のみが除去されていることが観察された。また、処理後の腐食抑制の効果は現状では従来法に比べてやや劣るものの、一定の効果が認められた。 3)平成27年および28年に実施した塩化鉄(Ⅱ)の潮解時の腐食機構および潮解条件に関する成果を日本文化財科学会第33回大会(2016年6月奈良大学)にて発表した。また、新規法の腐食抑制効果を検討した成果については日本文化財科学会第34回大会(2017年6月、東北芸術工科大学)にて発表を予定している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度に実施を計画していた(1)塩化鉄(Ⅱ)の潮解時の最適条件の検討、(2)新規法の処置後の腐食抑制効果の検討に関する基礎実験の進展は概ね順調に進展し、以下に示した検討をおこなった。 塩化鉄(Ⅱ)の潮解時の条件の検討では、予定していた電気化学測定による評価、重量変化による水膜厚さの推定を実施した。また、水膜厚さの推定結果と理論計算によって算出された結果を比較することで、実測値の妥当性が示された。これらの基礎実験で得られた塩化鉄潮解時の鉄製遺物の腐食機構を考慮すると新規法の潮解過程の最適な相対湿度の条件が59%であることが示された。 また、新規法による処置後の腐食抑制効果を検討するための基礎実験として、鉄製遺物を模した試料を用いて検討を実施した。試料の断面観察および成分分析から従来法では腐食層の状態の変化がともなうのに対して、新規法では腐食層の変化は認められず内部に集積した塩化物塩が除去されることが認められた。また、重量変化から検討した新規法の処置後の腐食の抑制については現状では従来法に比べて劣るものの、一定の効果が認められた。新規法で処置した試料の断面観察では、内部の塩化物塩が一部残存していることが認められており、これらの塩化物塩が完全に除去される条件を検討することで、さらに腐食抑制の効果の向上が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度はより高い処置後の腐食の抑制効果が得られる条件を把握するため、塩化鉄(Ⅱ)の除去過程における有機溶剤の種類、浸漬時間が腐食の抑制に及ぼす影響を検討する。さらに平成27~29年に得られた成果に基づいて新規法の最適な処置工程を提示する予定である。 また、新規法の腐食の抑制効果について日本文化財科学会第33回大会において発表するとともに、これまでに本研究において得られた成果を学術雑誌に投稿する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新規脱塩法による腐食の抑制効果の検討において、当初はイオンクロマトグラフィにより評価を計画していたものの、研究が進展する中で重要変化の測定がより適切な評価法であることが示され、当初に予算を計上していたイオンクロマトグラフィ用分離カラムを購入する必要がなくなったため。
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次年度使用額の使用計画 |
イオンクロマトグラフィ用分離カラムに計上した予算は、代替評価法として採用した重量変化を測定する際に必要となる電子天秤および制御用PCの購入に使用する予定である。
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