脳が損傷を受けると運動障害が生じるが、損傷を免れた皮質脊髄路が代償的に神経回路を再建させることで運動障害はある程度回復するが、中枢神経の再生能は非常に限定的である。本研究では、軸索再生を負に制御しているチロシン脱リン酸化酵素SHP-1の抑制によって神経再生を促すとともに、運動療法によって神経回路の再建を強化することで、脳損傷後の機能回復に向けた有効な治療手段の確立を目指した。 脳損傷後の非損傷側大脳皮質において、軸索伸長に重要なシグナルである脳由来神経栄養因子BDNFの発現が徐々に減少することを見出した。そこで、BDNFの増加が期待されるRunning wheelを用いた持続的な運動療法を脳損傷の2週間前から4週間後にわたって実施し、運動量を算出した。非運動群、運動群、SHP-1ノックアウト(KO)+運動群を設定し、片側の大脳皮質運動野の損傷モデルを作製した。まず、持続的運動が脳損傷後の神経再生に効果的であったか評価した結果、運動群における頚髄での皮質脊髄路の側枝の数は顕著な増加が認められた。また、脳損傷後の前肢の運動機能においても、運動群では良好な回復が示された。さらに、脳損傷後のSHP-1 KO+運動群においては、皮質脊髄路の再生数の増大や前肢の運動機能の回復が顕著であった。次に、再生神経が麻痺筋を支配する二次ニューロンと神経回路を形成していることが明らかになったが、数的問題により各群間のシナプス形成数の統計学的解析は困難であった。しかし、持続的な運動群の脊髄において神経活動のマーカーであるc-Fos陽性細胞の増加がみられ、効果的に神経回路の再建が増大した可能性が高いことが示唆された。 SHP-1のKOによる神経軸索の再生やシナプス形成をターゲットとした分子的介入と神経活動を高める運動療法を融合させることで、脳損傷後の神経回路の再建をこれまで以上に増強することができた。
|