脊髄損傷者は体温調節が十分に機能せず、高体温になりやすいことも知られている。しかし、脊損者の暑熱環境時の体温調節機能や循環調節機能を健常者と比較検討した研究は少なく、危険性について検討しようにも基礎的なデータが明らかに不足してい る。本研究の目的は、脊髄損傷者の暑熱負荷時における心機能評価や循環調節機能を測定し、健常者と比較検討することである。頚髄および高位胸髄レベルの損傷を有する脊損者群、下位胸髄および腰髄レベルの損傷を有する脊損者群と年齢、身体特性の類似する健常者群の三群を対象として、両下肢または全身を加温することで深部体温(食道温)を上昇させる。安静時および体温上昇後に、心機能などを評価する。 平成29年度は10月に健常者と頸髄損傷者を対象として測定を行った。食道温を 1°C上昇させた際に、皮膚表面温度は健常者、頸髄損傷者ともに約3°C上昇し、胸部の皮膚血管抵抗は健常者で上昇したが、頸髄損傷者では変化しなかった。心拍出量は健常者、頸髄損傷者ともに有意に上昇したが、頸髄損傷者は健常者よりも有意に低かった。心臓超音波検査での評価で、健常者では胸腰髄損傷者と同様に左房収縮能、左室収縮能、心拡張能は深部体温が上昇する事で全て増加した。頸髄損傷者では左房収縮能、左室収縮能は変化せず、心拡張能は増加した。 今回の研究において、体温上昇時の心拡張能については、健常者、頸髄損傷者、胸腰髄損傷者のいずれも保たれていた。一方で、左房、左室収縮能は健常者では増加したが、頸髄損傷者では変化しなかった。また、胸腰髄損傷者では増加したが健常者よりは減弱していた。これらの結果から、心交感神経活動は暑熱負荷時の収縮能に寄与しているが、拡張能には寄与していない可能性が示唆された。また、暑熱負荷による収縮能の上昇は主に皮膚温、深部体温の結果引き起こされていると思われた。
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