本年度では競技熟練者特有の意識には表出しない微細な身体動作の変化に対する判別能力および視覚的探索行動の違いの相違を明らかにする実験(実験2)のデータ分析と,熟練者が行っている視線行動を非熟練者に意図的に行わせることによって,予測スキルが向上するのかどうかを明らかにすることを目的とした実験(実験3)を実施した. 実験2では微細な身体動作の変化に対する判別能力を調べることに加え視線行動を計測する実験を行い,本年度は視線データの分析を進めた.結果,リリース時の視線位置,視線移動距離ともに熟練度間での差異は認められなかった.つまり,視線行動には熟練度間での差異は認められないにも関わらず,判別能力は熟練者の方が優れていることが明らかとなり,重要局面での周辺視野の活用に熟練度間での差異が生じていた可能性が示唆された. 実験3では,実際の投手の投球映像を観察する際に,周辺視の活用も含め,適切な視線行動に対する教示を与え,その教示がどの程度予測スキル発揮と実際の視線行動に影響を及ぼすか検証し,視線行動と予測スキルの関係性を検証した.リリースポイントを基準にカット編集したストレートとカーブの投球映像をモニターにランダムに呈示し,被験者にはストレートかカーブの2球種を「できる限り早くかつ正確に」対応するボタンを押して反応するように求めた.最初の40試行は視線行動に関する教示はせず,後半の40試行の開始前に視線行動への教示を行い,意識して反応するよう求めた.結果,視線行動については,教示により有意に視線の移動距離が小さくなった.しかし,予測スキルについては,反応の早さに変化は見られなかったが,正確性が有意に低下することが明らかとなった.これらの結果から,熟練者が有する視線行動の教示を行った場合の,即時的な好影響は期待できず,逆に非熟練者の予測スキルの低下を招くことが明らかとなった.
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