我々はこれまでに、神経ペプチドの一つである orexin-A (OXA) が視床下部ー延髄系を介して、迷走神経を活性化し、肝臓における脳虚血性耐糖能異常を是正する知見を得た。近年、脳虚血後の糖代謝異常に対し、肝臓における炎症性サイトカインの増加が関与することが報告された。そこで、本研究では、脳虚血後の肝臓における炎症性サイトカインの増加に対するorexin-Aの関与について、迷走神経系に着目し検討した。5 週齢の ddY 系雄性マウスを用い、局所脳虚血モデルは、2 時間の中大脳動脈閉塞法 (MCAO)、vagotomy モデルは、肝臓枝迷走神経を切除することによって作成した。OXA (5 pmol/mouse) は、MCAO直後に単回視床下部内局所投与した。神経障害の発現は、梗塞巣形成ならびに行動異常を評価した。MCAO 後の血糖値変化として空腹時血糖値 (FBG) を測定し、各種タンパク質の発現変化は、western blot 法によって解析した。OXA は、MCAO 1 日後の FBG の上昇および、MCAO 3 日後の梗塞巣形成ならびに行動異常の発現を有意に抑制した。さらに、MCAO 1 日後における血清TNF-α量の増加、TNF-α受容体の下流シグナル因子の一つである JNK の活性化や insulin receptor substrate のチロシンリン酸化の抑制およびセリンリン酸化の増加も、orexin-Aによって有意に抑制された。これらの作用は、vagotomy によって消失した。その一方、TNF-α受容体の発現は、MCAOやvagotomyによって何ら影響が認められなかった。以上の結果から、視床下部の orexin-Aは迷走神経の活性化を介して肝臓における炎症性サイトカインの増加を抑制し、それが脳虚血後の糖代謝異常の抑制に一部関与している可能性が示唆された。
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