29年度は、昨年度に明らかにした知見を、「すべての人の統合された意志」というカント法哲学に特有の概念と関係づけることを試み、『人倫の形而上学』「法論」における三権分立の議論と共和制の意義を考察した。また同時に、世界市民主義と永遠平和に関する研究を行った。「法論」によれば、すべての国家は、三権分立を制度として採用することが求められるとされる。そして、立法者と執政者はそれぞれ、国家の全成員に等しく適用されるべき法律を立てる審級と、その法則を個別事例に適用する審級とみなされ、裁判官は個別事例において何が合法かを判定する審級とされる。この三権分立制のもとで、統合された意志は、現実の人間や集団のあらゆる特殊意志から区別されることとなる。そのうえで、カントが同じく「法論」において、「純粋共和国」を、「そこにおいては、法則が自ら支配し、いかなる個別人格にも依存しない。〔純粋共和国〕は、すべての公法の究極目的であり、各人にその人のものが確定的に配分されうる状態」と呼んだことに注目し、現実の統治者のいかなる特殊的・個別的意思にも依存しない(=すべての人の統合された意志による支配が可能となる)状態の実現を制度的に保証するという理念を、共和制に見いだしうるという結論を得た。また、世界市民主義と永遠平和についての研究では、世界市民や平和にかんするカントの思想が共和制を志向する国家法論と連続的であり、かつ複数の国家が存立することを前提にしていることにその独自性があることを指摘したうえで、現代の世界市民主義的な思想との異同を考察した。
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