本研究の最終年度である28年度の研究実績は、エコノミーの概念史にとって重要な2つの転換点に関して、以下の諸論点を解明した点にある。 第一に、ラテン語から近代語への翻訳過程である。ギリシャ語からラテン語への翻訳過程を検討した前年度の成果を踏まえ、テルトゥリアヌス『プラクセアス反駁』とそれを参照するカルヴァン『キリスト教綱要』との比較を行い、テルトゥリアヌスが永遠的配置と歴史的運営として区別したdispositioとdispensatioをカルヴァンが「オイコノミア」概念を媒介として再び同一視したことを解明した。また、経済学の揺籃たるスコットランド啓蒙に対するカルヴァンの影響関係を跡付けた。 第二に、エコノミーから近代的な経済への移行である。前年度の成果を踏まえ、雑誌論文「モラル・エコノミーは道徳的な経済か」において、モラル・エコノミーを説明概念と歴史的概念に弁別し、前者が自然的自由の体系に基づくポリティカル・エコノミーに対する対抗言説であるのに対して、後者が近代的合理主義に基づく自然宗教や反三位一体論に対する啓示宗教擁護論であることを解明した。 また、近代においてエコノミーの神学的軛から解放されることで経済が自律化していったが、その裏面において、宗教もまたキリスト教神学という制限を超えて考察されることになる。学会発表「聖/俗の区別/両義性」において、近代以降の比較宗教学的観点から、宗教一般の本質としての「聖なるもの」概念が抽出されてくる過程を明らかにした。このような神学的なエコノミーから「経済」と「宗教」という二つの領域が形成されてくる過程に関する、より詳細な分析が、今後の研究の課題となる。 なお、以上の研究成果は、29年度に出版予定である「エコノミーの概念史」を主題とする図書において公表する予定である。
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