本研究では、新出土文献にみえる経書および聖賢故事に関する文献を取り上げて、伝世文献の内容と比較検討することにより、それらを思想史上に位置づけることを目指した。特に清華簡に含まれる『ゼイ(くさかんむり+内)良夫毖』『命訓』『子産』を主たる研究対象とし、釈文の作成および『書経(尚書)』『詩経』などの経書や諸子の書との比較を行った。その結果、伝世文献において諸説紛々としていた文字解釈に一定の解決が得られ、また聖賢故事の変容や諸子間におけるその受容状況についても自説を述べるに至った。これらは一次史料である出土文献を読み解き、従来の伝世文献研究とすり合わせることによって、初めて明らかとなった成果である。 さらに本研究では、経書や聖賢を重視する儒墨関連文献(北大漢簡『儒家説叢』や清華簡『治邦之道』など)についても、基礎的な検討を行い、故事形成や慣用表現の使用に関する私見を提示した。また、出土文献を含めた『書経(尚書)』関連の情報を再整理し、その成果を一般向け書籍に掲載したり、近年日本において発表された簡帛研究のとりまとめを行い、それらを海外の学術誌に発表するなど、自身の研究において得られた最新の情報を広く開示した。これらは報告者の専門とする中国古代思想史学のみならず、一般の方々や国内外の近隣領域の学者にも資する基礎研究となるであろう。 なお、本研究を進める中で、死生観や葬祭儀礼、心論・命論など、中国古代思想を考える上で欠かせない大きなテーマについて記された文献にも注目して検討を加えた。中でも清華簡『心是謂中』には、「命」を「天命」と「身命」とに分け、偶発的な運命とは別に「心」こそが人の死生を左右するのだという人為的努力を強調する内容が見えた。これは荀子の「天人の分」にも接近する重要な思想であると考えられる。今後は、これらの研究を足がかりに、運命論や心身論についても検討したい。
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