本年度は、郭店楚簡『太一生水』に関する研究を実施した。この資料は、一九九三年に発掘された竹簡資料である。その内容は、前半部と後半部とに分けられる。本年度は、その後半部の記載内容を検討した。これまで、前半部の内容は宇宙生成論として注目され、既に多くの研究成果が挙げられている。これに対し、後半部にまで考察を及ぼす研究は少数である。後半部は前半部の生成論に比べ、内容上の興味に乏しく見えることや、竹簡の缺損が散見するために、内容の確定が容易でないためと考えられる。しかしながら、後半部には「天道」の語が確認され、また『老子』や形名思想及び黄老思想との関係が指摘され、その資料的価値は軽視できない。何よりも、後半部の思想内容を把握し、前半部の生成論との関係を解明することは、今日なお議論が續く『太一生水』の文献問題の解決にとっても不可缺と考えられる。本研究は、こうした問題意識により、『太一生水』後半部に見える「功」「名」「身」や「有余」「不足」、及び「天道」に関するする記載を検討した。 検討の結果、当文献はこれまで知られている黄老思想とは同一視することができず、黄老思想の別派と見なすか、我々の「黄老思想」に対するイメージを変える必要を迫るものである、と考えられる。また、当文献は、存在と名辞とに関わる形而上学と、現世利益を求める世俗的な処世訓との結合を示す希有の文献であると評価した。このことは、中国思想の本質を再検討するための重要な視点となりうることを指摘した。
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