研究実績の概要 |
研究の初年度は、プラトンの文芸論の現代的な意義を明らかにするために、現代におけるフィクションと感情に関する議論との比較を試みた。 感情が文芸作品によって喚起されることはフィクション論で大きな問題とされている。現実世界において通常我々は、存在を信じていないものごとに感情を左右されない。しかしながら、架空だと分かりきっているフィクションにおいては、恐怖や憐れみなどの感情が引き起こされる。そしてこのことは不合理なことだと考えられてきた (Radford, ibid; R. J. Yanal, Paradoxes of Emotion and Fiction, 1999)。この議論は、フィクショナルな対象に対する感情が、現実世界の場合と一致しないことを問題としており、その意味において、フィクショナルな世界と現実世界を峻別した上で成立している。 他方、プラトンの文芸論においては、現実の感情と文芸に喚起される感情の間に、本質的な差異が認められていない。むしろ、現実の世界と文芸の世界を言わば相補的なものとして捉える視点が見てとれる。すなわちプラトンは、文芸の鑑賞体験とは、現実の世界の経験に基づいて、文芸作品の内容に感情によって反応し、それと同時に、文芸作品への反応が現実の世界における感情のあり方にフィードバックと捉えていることを明らかにした。
|