本研究は、1948年に公職追放された中河與一(1897-1994)の恋愛小説「天の夕顔」(1938)が、その発表から映画化(1949)を経て1950年代半ばまでの長期に亘り、〈天の夕顔ブーム〉と呼びうる現象を惹起したことの意義を考察した。 具体的には、中河が戦前に創刊した同人誌を見ることで、「天の夕顔」執筆に至る思想的背景を析出し、テクスト分析するとともに、同時代評の収集・解析により人々の「期待の地平」(ヤウス)を測定した。それにより、中河の言論界からの追放後も彼の浪漫主義/全体主義の観念が人々の心性に微温的に潜在し続けたことを示し、1950年代半ばにかけた戦後思潮の一側面を明らかにした。
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