研究課題/領域番号 |
15K16685
|
研究機関 | 福岡女子大学 |
研究代表者 |
坂口 周 福岡女子大学, 国際文理学部, 講師 (20647846)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 潜在意識 / 映画 / 世界文学 / 歩行 |
研究実績の概要 |
本研究は、日本語近現代文学の発展を、時代的に平行して現象したメディア、とりわけ視覚メディアによる新しい「視覚性」あるいはそれを下支えした「科学知」や「技術知」によって説明することを主な方針としているが、平成27年度は研究計画に基づき、特にアナログからデジタルへの最初の転換期にあたる1990年代後半以降の文学的想像力の変化の調査を行った。同時期に、一方で「J文学」と呼称される日本語文学の新しいスタイルの傾向が登場し、他方でグローバリゼーションの必要の認識と共に「世界文学」が(創作と研究の両面で)志向されはじめたことと、小説に描かれる世界(視覚性)がデジタル化=情報化、そしてネットワーク化する傾向とが密接に関わっていることの複数の証左を得た(例えば人物のアイデンティティが情報の集積体として代替可能なものとして描写される文学が多数登場するなど)。ただし、それと同じ方向でのメディア環境による文学表現の変化は、遡れば、例えば1930年代にも既に生活速度の増進(ラジオや発声映画)と共に「電文体」として生じていたことが調査の結果わかった。そのため、当初の計画には割り振っていなかった1890年代から1920年代にかけての近代文化の形成・成長期(明治・大正時代)を同時並行的に研究の対象とする必要を認めたことにより、文学と接点の多い科学的知識、とりわけ当時の(サイレント)映画理論の基礎となる「潜在意識」に関わる心理学系の言説動向を、『哲学雑誌』や『変態心理』等の雑誌記事を中心に調査する作業に本格的に着手した。その成果は「春夫の〈犬〉―無意識の導き―」(河野龍也編『佐藤春夫読本』勉誠出版、2015所収)にも一部反映されている。また、同作業を通じて、新たに「歩行」という人間を人間たらしめる原始的行為の文学的表象とメディア環境の発展との関係を探求する必要の認識に至り、追加の課題として設定した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」にも記したが、途中から当初の計画には組み込まなかった明治・大正期の研究調査を並行的に進める方針になったため、平成27年度中の計画としていた「1990年代:冷戦後・バブル景気後に登場するデジタル・メディア世代の文学」に対する研究調査は完了していない。よって、その成果を体系的な議論として公表する機会は、平成28年度の課題として繰り越すことになった。ただし、多量の資料調査と分析作業という基礎的な部分に関しては順調に進捗している。また、新たな課題として、(1)本研究テーマの対象として明治・大正期の文学を中心的な位置に含めること、および(2)「視覚性」の論点を「身体性」にまで広げ、本研究テーマが対象とする全時代の文学作品における「歩行」の問題を考究すること、以上の二点が得られたことは研究の深化という点で成果と考えたい。
|
今後の研究の推進方策 |
上記の通り、年度ごとに研究対象とする時代を限定する計画に無理が生じたとの認識から、研究の順序としての時代区分にかんする縛りは一端解除し、今後は時代に関係なく連続的・並行的に複数の課題に取り組む方針に変更する。 具体的には、平成28年度の前半中に博士論文の提出とその内容に基づく単著の出版を予定しているため、本研究テーマの対象と重なり合う部分に関しては、進行中の研究成果を反映させる。また、平成28年度秋に、研究計画に記載した英語圏文学研究の協力者たちと「世界文学」をテーマとするシンポジウムもしくは研究会を開催し、その主催を務める計画である。「1990年代:冷戦後・バブル景気後に登場するデジタル・メディア世代の文学」に関する研究成果を日本語文化圏以外の研究によって相対化し、認識を深めることが目的である。また、新たな課題として設定したメディア環境の変化と文学における「歩行」の表象との関係についての研究を進める。平成29年度以降の研究内容の調整に生かすため、早い段階で文学的文化論の入門書あるいは新書の体裁での研究成果の出版を目指し、平成28年度後半期に執筆を開始する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当該年度において予定していた人件費・謝金の支出がなかったため。
|
次年度使用額の使用計画 |
物品費およびその他(複写費)の調整分として使用する。
|