本研究は、アメリカ人作家・知識人Ralph Ellisonと20世紀を代表するアメリカ人作家Ernest Hemingwayを、スタイル論という支点を軸に交叉させて読み直しを行っていく。エリソンのエッセイ群におけるヘミングウェイ評価の転向と軸を一つにした文学スタイルの概念の変遷をたどりながら、アメリカ文学史における人種越境的なダイナミズムが言語化される現場、瞬間を歴史化しつつ実証的に検証していくことを目的としている。 平成29年度には、28年度の二つの口頭発表を論文としてまとめた。スペインを舞台にしたヘミングウェイの長編が実はアメリカのニューディール期の文化的関心を多分に反映しており、『誰がために鐘は鳴る』のスペインのゲリラ部隊員たちの描写に、一見したところ全く無関係なアメリカ黒人のヴァナキュラーな語りに通じる特色が見て取れることを検討した。 本論文はヘミングウェイの作品論でラルフ・エリソンについてはふれていないが、ラルフ・エリソンのアーカイヴ調査を行った際、エリソンが『誰がために鐘は鳴る』のゲリラたちの語りを書き写していた紙片を発見したことが着想の源となっている。 その他、この『誰がために鐘は鳴る』論を発展するかたちでヘミングウェイの三番目の妻、マーサ・ゲルホーンについて研究を進めている。彼女がニューディールの文化政策に参加した事実はヘミングウェイ研究において等閑視されているが、そうした背景を持つ彼女の影響が『誰がために鐘は鳴る』に見出せる可能性について検討している。本年度の国際ヘミングウェイ学会でこの報告を行う予定である。エリソンについても、30年代の修業時代にふれたニューディール的価値観が後のスタイル論を形作ったとの仮説のもと研究を進め、本年度の国内学会において発表を予定している。
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