研究実績の概要 |
これまでの白人性/黒人性の境界線構築に関して行ったプロジェクトの延長線上に研究を行った。Jean Toomer のCane (1923)について「文学とトラウマ」という観点に加えて、本作品では奴隷制度への直接的/間接的な言及が多く、「文化とトラウマ理論」を強く意識した研究を行った。具体的にはHerman, Judith. Trauma and Recovery: The Aftermath of Violence-From Domestic Abuse to Political Terror(1997)、Alexander, Jeffrey C. Cultural Trauma and Collective Identity (2004)、DeGruy, Joy. Post Traumatic Slave Syndrome: America's Legacy of Enduring Injury and Healing (2005)、Meek, Allen.Trauma and Media Theories, Histories, and Images Routledge Research in Cultural and Media Studies(2009)などの批評家の議論を参照枠とし、「奴隷制度」が登場人物の主体形成に及ぼす影響に着目した。白人からの差別的視線、黒人が内面化した優生学的劣等意識という二重の意識、それに加えて奴隷制度という超時間的トラウマの影に苦しむ主人公のアイデンティティの構築性を検証した。 Cane(1923)は多様なジャンル混交的な特徴を持つ作品である。詩や散文体の文章の混在、さらに登場人物の不規則的な提示のされ方、さらには各挿入された詩自体が多分に曖昧性性を有している。このように本作品において反復的に再演される内容、形式の両面の曖昧性はToomer自身の白人/黒人の混血という伝記的側面のみならず、ToomerがHarlem Renaissanceの“New Negro”として持ち上げられていたことに対する葛藤、さらには登場人物Kabnisのidentityの曖昧さに対峙した際の葛藤を具現化したものである。このような曖昧性はトラウマとしての奴隷制度の問題が内在しており、特にKabnisのidentityにはその点が色濃く反映されている点を指摘した。
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