平成29年度は三年計画の三年目にあたる。韓愈については、前年度に引き続き、川合康三・緑川英樹・好川聡編『韓愈詩訳注第二冊』(研文出版、全五冊)の編集作業にあたり、今年度の十月に刊行した。また、並行して第三冊に収録される詩(『韓昌黎詩繋年集釋』の編年で元和元年(806)の途中から元和五年の詩まで)の編集作業と、第四冊に収録される詩(元和六年から十一年まで)の半分の検討を終えることができた。異域の描写については、その韓門弟子たちの作品を検討した。特に張籍は異域を詠う「蛮中」「蛮州」や、異民族の風俗をテーマにした「崑崙児」という詩、また「南遷の客を送る」詩の「海国 戦には象に騎り、蛮州 市には銀を用う」や「海南の客の旧島に帰るを送る」詩の「竹船 桂浦に来たり、山市 魚鬚を売る」など、送別詩の中で異域の文化風俗に着目した詩句がまま見られ、韓愈との影響関係も興味深い。晩唐に至ると、李徳裕や呉融、韓アクなど南方に左遷された詩人は多いが、その地独特の風土や風俗に着目した作品は少なく、目新しさは見られない。これは晩唐の詩人たちが、中唐五大文人と比べるとスケールが小さく、晩唐という時代の風潮が退廃的、耽美的であったため、異域の独特な風俗を開拓するまでには至らなかったからであろう。ただ、こうした時代の中でも、李商隠が「異俗二首」という嶺南の風俗を正面から取り上げた作品があるのは、鋭い感性を持つ李商隠ならではといえる。李商隠は他に「桂林」詩の中でその独特の山並みに注目した詩句も残しており、その桂林は初唐の宋之問から、杜甫、白居易など様々な詩人に言及される土地で、その流れを追うと風光明媚な観光地が形成されていく過程を見て取ることができる。これまで南方の異域描写を辿ってきたが、さらに盛唐の辺塞詩に注目し、西方の風土を描いた岑参の詩の検討を進め、南方異域描写との共通性について考察を深めた。
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