研究課題/領域番号 |
15K16728
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
西出 佳代 神戸大学, 大学教育推進機構, 講師 (90733311)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 助動詞 / 文法化 / 音韻形態論 |
研究実績の概要 |
今年度は、多機能動詞の lux. ginn および推量の助動詞 lux. waeerden に焦点を当てて、詳細な分析を行った。 論文では、前年度の成果を受けて、多機能動詞 lux. ginn の記述を行なった。授与動詞としての用法に加え、存在動詞、起動相のコピュラ動詞としての用法が本動詞の用法として挙げられる。さらにコピュラ動詞から発展させた受動の助動詞、迂言的接続法の助動詞、願望の助動詞としての用法がある。同論文では各用法について詳細に記述を行ったのち、先行研究を踏まえて文法化のプロセスについても考察を加えた。 口頭発表では、前年度の課題として残った lux. waeerden の詳細な音韻・形態・機能的特徴の分析を行った。(1)語中の歯茎閉鎖音が無声音の変種 lux. waeerten という変種を有することに関する音韻的な特徴、(2)標準ドイツ語の同根語とされる強変化動詞 dt. werden が示す母音交替を lux. waeerden は示さない、さらに話法の助動詞と同様、1/3人称単数においてゼロ語尾が現れるという2つの形態的な特徴および(3)標準ドイツ語の多機能動詞 dt. werden に対して機能が限られている、すなわち不定詞を支配する推量の助動詞としての用法しか観察されないという機能面での特徴に着目した。同発表は、 lux. waeerden/waeerten という2つの形式を変種として有するルクセンブルク語の動詞を、一義的に標準ドイツ語の dt. werden の同根語として扱う従来の研究に疑問を呈するもので、上記の3つの特徴を精査し、通時的な視点を取り入れることによって、2つの変種が2つの別個の動詞、すなわち標準ドイツ語の dt. werden に当たるコピュラ動詞と dt. werten「評価する」に当たる評価動詞に由来する可能性を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、H29年度は話法の助動詞の記述を包括的に行う予定であった。しかしながら、研究を進めていく中で、lux. waeerden/waeerten の詳細な分析が不可欠であるとの見解に達し、同動詞に主眼を置く方向性に切り替えた。 標準ドイツ語とルクセンブルク語における話法の助動詞において、特に顕著な違いが見られるのが推量の助動詞である。標準ドイツ語では、確信度があまり高くない推量の助動詞として、dt. moegen と dt. koennen が挙げられる。さらに、未来の助動詞としても使用される dt. werden が、推量の助動詞としても使用される場合がある。これに対して、ルクセンブルク語には dt. moegen にあたる助動詞がなく、lux. kennen と lux. waeerden が確信度の低い推量の助動詞として使用される。標準ドイツ語では3つの助動詞によってなる意味領域が、ルクセンブルク語の2つの助動詞でどのように使い分けられているのか検証することが当初の目的であった。しかしながら、パイロット調査で lux. waeerden をほとんど使用しない層もいそうだということが見えてきた。lux. waeerden は、標準ドイツ語ではコピュラ動詞や受動の助動詞としても使用される多機能動詞であるが、ルクセンブルク語において同機能は授与動詞 lux. ginn が担っている。lux. waeerden の領域がどの程度 lux. ginn に侵食されているのか、なぜ推量の助動詞としてのみかろうじて用法が保たれているのか探ることに意義を見出し、研究を進めることとなった。 実際に発表したのは lux. ginn と lux. waeerden に関する研究のみだが、これはあくまでも全体を把握した上で発表する対象を絞った結果にすぎない。研究全体は順調に進んでいると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本プロジェクトの最終年度に当たる今年度の目標は、大きく分けて2つある:(1) 文末(右枠)における動詞群の語順に関する統語的な分析と、(2) 本プロジェクト全体のまとめである。 (1) について、ルクセンブルク語は標準ドイツ語やオランダ語と同様西ゲルマン語に分類され、「枠構造」と呼ばれる、動詞群が文の左側(左枠)と右側(右枠)に別れて配置される構造を示す。左枠は、基本的には主語と一致する定動詞が置かれる位置だが、従属節においてのみ例外的に従属節を導く接続詞や関係詞等が置かれる。右枠には、通常は定動詞以外の動詞(群)が、従属節内では定動詞を含む動詞群が配置される。本研究で着目するのは、この右枠における動詞群の語順である。同じ西ゲルマン語であっても、標準ドイツ語の右枠では一貫して本動詞に助動詞が後続する語順になるのに対し、オランダ語では助動詞が本動詞に先行する語順となる。ルクセンブルク語において興味深いのは、過去分詞を支配する助動詞、すなわち完了の助動詞と受動の助動詞が義務的に本動詞に拘置されるのに対し、不定詞を支配する助動詞、すなわち話法の助動詞や未来時制の助動詞は、本動詞に前置されたり後置されたりする。本研究では、現地調査を通してこの語順について、なんらかの意味的・機能的・統語的説明が可能なのか分析し、説明を試みる。 (2) について、本プロジェクトはルクセンブルク語の動詞類の体系記述を目的としている。しかしながら、上の[現在までの進捗状況]の項目でも述べている通り、個々の論文や学会発表という場において体系的な記述を行うのは難しく、個別現象を扱った発表にとどまってしまう。今年度は、上記のような発表の場で取りこぼしてきた事象も含めた包括的な記述を行い、プロジェクトの総括として発表することを目的とする。具体的には、書籍という形での出版を目指し、各種助成金等への応募を検討する。
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