最終年度には,4月末から5月初にかけて,また9月にソウルの国会図書館で資料調査を行ない,また同じく9月には,韓国・釜山広域市にある釜慶大学において,若年層(20代)釜山方言母語話者15名を対象とした,発音実態調査を行なった.具体的には,濃音化(語彙的濃音化,漢字語における流音後濃音化など),n挿入,n-l連鎖の発音,その他(uyの発音,用言語幹末lkの発音,用言語幹末lpの発音,kkunh.ki.ta《断たれる》の発音,tam.im《担任》の発音など)の項目について,インフォーマント1名あたり1時間から1時間半程度の時間をかけ,丁寧に調べ上げた. 調査方法としては,調査者が事前に準備した調査票の語彙をインフォーマントに読み上げてもらう,いわゆる〈読み上げ式〉を採った.こうした調査方法で得られる発音は,実際の日常的な発音と聊か異なる可能性も絶無ではないが,限られた時間内で調査者が知りたい単語の発音を引き出し,記述するには,これが最も効率が良い方法だと判断されるからである.釜山方言におけるこうした若年層の総合的な発音実態調査は,管見の限り他に見当たらず,この点において,本調査は新規性が認められる研究と言いうる. 調査語彙については,『標準発音実態調査Ⅱ』(国立国語研究院,2003年,原文は朝鮮語)や「現代朝鮮語における〈n挿入〉の実現実態について(1)」(辻野裕紀『朝鮮学報』232,朝鮮学会,2014年)などを参考にして,選定した.いずれもソウル方言の調査報告であるため,分析にあたり,ソウル方言との比較対照が可能となる.若年層の発音における,釜山方言とソウル方言の共通点,相違点を浮き彫りにすることは,朝鮮語方言学や音韻論,社会言語学等にとって裨益するところ大であろう.現在,分析,考察とそれに基づいた論文化を進行しているところであり,近日中に,学術誌に投稿予定である.
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