研究課題/領域番号 |
15K16766
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研究機関 | 大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所 |
研究代表者 |
三樹 陽介 大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所, 時空間変異研究系, 特別研究員PD (40614889)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 八丈語 / 音声 / 談話資料 / 危機言語 / 記述的研究 / 簡易辞書 / ドキュメンテーション / 言語継承 |
研究実績の概要 |
本年度は坂下の三根・大賀郷地区を中心に自然談話音声を収集した。収集した音声は文字起こしし、テキストとアノテーション情報とを付与することで音声談話資料として整備している。本年度終了時点では公開には至っていないが、Web上での公開を目指し、引き続き整備作業を進めている。 こうしたデータ収集を下支えするために、本年度は活動領域を広げるための活動を行なった。2016年2月には、普段の調査では気づきにくい事象を記録することを目的とし、各分野のエキスパートとともに合同調査を行なった。坂下の三根・大賀郷と、坂上の末吉で調査を行ない、特に音声・音韻の分野で、新しい知見を得ることができた。無声化が多く聞かれ、それが音韻変化へ影響を与えている可能性があること、母音の融合などに関して有益な知見を得られた。また、言語地理学的な研究への発展の可能性を示唆する知見も得られた。 3月には金田章宏氏(千葉大学)にご協力をお願いし、青ヶ島調査を行なった。八丈語の方言の一つである青ヶ島方言は緊急に調査が必要であるが、フィールドを開拓するのが難しかった。おそらく、今ここで記述しておかなければ、この島の方言は記述されることがないままに消滅してしまうだろう。金田氏から話者をご紹介いただき、今後の足掛かりを作ることができたことは非常に意義深いことだった。 また、アウトリーチ活動として、八丈町教育委員会の依頼で一般島民向けに八丈語に関する講演を行なった。こうした活動は危機言語の調査・記述・保存活動を地元に周知するとともに、理解を深めてもらうことで、調査への協力を仰ぐことに大いに役立つ。また、こうした会を通じて、八丈語に関心のある島民のコミュニティ形成にも寄与するものである。研究成果の地元還元は方法が難しいが、こういう形で少しでも還元できるよう、今後も積極的に活動していく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
三根地区の音声収集は概ね順調であり、収集したデータをもとに音声談話資料の作成を進めている。また、三根にとどまらず、大賀郷や、2016年度調査予定の末吉の調査にも手をつけ、さらに青ヶ島へもフィールドを広げることができ、充実した活動を行なうことができた。一方で、膨大なデータの文字起こしや整備作業に多くの時間を費やさざるをえないジレンマは避けて通れず、今後は文字化する作業の見直しや、文字化するデータを厳選して量よりも質を高めることに傾注するなどして、対応していく予定である。 また、音声談話資料作成の一環として、話者による紙芝居の語りをドキュメンテーションとして記録する活動を始めた。現在は八丈語による紙芝居を作成中であり、整備したテキストをもとに、絵を準備している。このような資料は言語継承活動に役立ち、特に教育の場での応用に寄与するものである。八丈語には八丈町教育委員会による方言カルタがあるが、5集落すべての方言で読み札が書かれている。これと同様、紙芝居も1組の絵に対し、5集落のテキストをつけ、地点ごとの比較ができるように整備している。方言カルタよりも長い単位の八丈語音声を聞き、学習することができる点で優れている。紙芝居は話者とも協議して修正を加え、夏ごろの完成を目指している。成果の公開は、2016年秋を目指して目下作業中である。
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今後の研究の推進方策 |
本年度はデータ収集やフィールド拡大に邁進し充実した活動を行なえたが、一方で膨大なデータの文字起こしや整備作業に多くの時間を費やさざるをえず、分析や成果発表のためにかける時間が十分にとれなかった。今後も同様の問題はついて回るが、危機言語研究の基盤作りのためには潤沢なデータは欠かせないものである。こうしたジレンマは避けて通れないが、談話資料整備作業の手順を見直し、精力的に成果発表を進めたいと考えている。既に国外の国際学会での発表を予定しており、同時に論文化の準備を進めている。 3月の調査で、青ヶ島方言の実態を把握できたが、青ヶ島方言の状況は極めて深刻であり、もはや島民間でも青ヶ島方言を常用する話者はほとんどおらず、調査可能な話者を探すこと自体が困難な状況である。また、八丈町とは異なり、青ヶ島村は自治体としても小さく、青ヶ島方言の保存・継承のための積極的な取り組みは行なわれていない。八丈語がユネスコの危機言語に指定されていることは知られているが、青ヶ島方言が八丈語を構成する方言の一つであることはほとんど認知されていない。青ヶ島方言の消滅は時間の問題であり、緊急に、集中的に音声データを収録し、エリシテーションができるうちに、音声談話資料と簡易辞書の作成を急ぐ必要がある。幸い、この調査で協力者を得たので、今後は積極的に記述・保存のための活動を続けていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に行なった合同調査(2月)および青ヶ島調査(3月)の旅費にかんする支出金額が変更されたことにより、本年度予算に残金が生じた。八丈島および青ヶ島は交通に難があり、気象条件等によって調査中に調査計画を大幅に見直さなければならない場合がある。今回もこのような理由により、調査日程を短くするなど対応したため、残金が生じた。また、年度末であったため残額をほかの目的に振り替えることは難しく、翌年度への繰り越しとした。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度予算の残額は元々旅費として計上したものであるので、翌年度の旅費に加算して使用する。
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