研究課題
本年度は、当初の予定通りに東寺・東大寺などの寺社権門の文書を中心に書札様文書の展開について検討するとともに、南九州の武家文書として著名な薩摩国入来院家文書や鎌倉期の漁村史料として知られる若狭国秦家文書を中心にして、平安・鎌倉期の文書利用の実態を分析した。それによって12・13世紀を画期にして文書利用が中世社会に浸透する様相について重層的・多角的に明らかにすることを試みた。その成果は、以下の口頭報告および論文で発表した。口頭報告「秦家文書にみる地下文書の様式と機能―秦家文書の調査報告を中心に」(第3回中世地下文書研究会、2015年6月7日、立教大学)では、書札様を含む多様な文書様式が、中世社会における文書利用の周縁部に位置する「地下文書」において如何なる機能を果たしたのかについて実態的な検討を行った。また、口頭報告「日本の中世史研究からみた『入来文書』」は、国際シンポジウム「朝河貫一と日本中世史研究の現在」(2015年12月5日、早稲田大学)に招聘されて行ったものだが、入来院文書研究の成果を比較史・史学史の観点から報告したものである。論文「鎌倉期の御家人と誓約に関する覚書-『吾妻鏡』の起請文記事を中心にして」(酒井紀美編『生活と文化の歴史学 6 契約・誓約・盟約』竹林舎)では、平安末期・鎌倉期の武家社会における誓約文書(起請文)の利用実態について検討を加えた。また、論文「明治期の史料採訪と古文書学の成立」(松沢裕作編『近代日本のヒストリオグラフィー』山川出版社)では、日本の古文書学に関する史学史的な検討を加えた。いずれの論文も直接的に書札様文書を対象とするものではないが、古文書の様式的な部分から、それをもちい、生きた人の姿を浮かび上がらせることを試みている。文書を社会史的な検討の対象とすることによって、書札様文書を新たに論ずる視角を得ることを試みた。
3: やや遅れている
3年次に行う予定であった南九州の武家文書の検討について、他の共同研究との関係で便宜を得たため、初年次に行った。そのために当初予定していた寺社文書を中心とした書札様文書の分析に遅れが生じている。だが、武家文書や秦家文書のような地下文書について、一定の成果を得られたことは、2年時以降の研究において相乗効果を生むことが期待されるため、長期的にみれば、初年次の遅れはカバーされうると見込んでいる。
古記録の分析を重点的に行う。本研究課題の申請書にも記したように、実際に伝来した書札様文書だけではなく、記録上にみえる書札やその利用実態を踏まえることで、書札様文書の展開を多角的に捉えることができると考えるからである。
次年度使用額207円は、必要な書籍を購入した際の消費税分が端数として発生したため。
207円という額であるため、次年度の使用計画に大きな変更は生じない。次年度は、必要な史料集・研究書を継続購入するほか、当初の計画どおり京都・奈良調査および国立歴史民俗博物館・金沢文庫調査を行う予定である。
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