研究課題/領域番号 |
15K16850
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研究種目 |
若手研究(B)
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配分区分 | 基金 |
研究分野 |
アジア史・アフリカ史
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
北村 一仁 龍谷大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (60748028)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 交通路 / 中国北朝 / 摩崖仏・石窟 / 造像銘 / 関門・古道遺跡 / 山西省 / 河北省 / 河南省 |
研究成果の概要 |
本研究は,これまでの研究の上に,北朝期~隋代に刻まれた摩崖石刻及び石窟の位置情報と,近現代に敷設された交通路の情報を重ね合わせて検討することで,北朝から隋代にかけての中国北部に形成された交通路の姿を,できる限り復元するということを目標とするものであった。 この目標に基づき,山西省の東部を中心に,河南・河北両省に及ぶ地域を対象として現地調査を行い,検討・考察を進めた。その結果,幹線道路のほか,これまでは単なる山村と考えられていたような場所にまで敷設されていた交通路の概要を知ることができ,その中でも一部のルートに関しては,かなり詳細に描き出すことができた。
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自由記述の分野 |
東洋史学(中国中世史)・中国仏教史・歴史地理
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研究成果の学術的意義や社会的意義 |
まず北朝期の重要都市である太原・洛陽・平陽・ギョウなどを結ぶ交通網の実態が,より具体的に明らかになった。今後実際に発掘作業を交えつつ旧道の遺構を捜索し,具体的な経路を特定していく際,本研究で得られた当該時期の交通路に関する情報が,非常に有用となる。 加えて,摩崖・石窟の位置を手がかりとして交通路を探る手法そのものも、今後さらに洗練していくことによって,中国史だけではなく他分野にも援用可能となり,交通史研究のさらなる展開が期待できる。 また副次的な成果として,所在が確定できなかったいくつかの石碑・文物(「義橋碑」「楊標造像記」等)の所在も確認できた。
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