研究課題/領域番号 |
15K16855
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
村上 宏昭 筑波大学, 人文社会系, 助教 (70706952)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 衛生博覧会 |
研究実績の概要 |
本研究の最大の目的として、細菌学説が社会に浸透していった経路の解明がある。そして当初はドレスデン国際衛生博覧会(1911年)をはじめとする、当時の代表的な啓蒙イベントに焦点を当てて、この経路の再構成を試みていた。しかし研究が進展するにつれて、この種の巨大イベントの背景に、比較的規模の小さな特別展覧会等が開催されており、上記の国際衛生博覧会は、ある意味そうした諸々の小展覧会の集大成と位置づけられることが判明した。 そこで今年度は、当初の研究計画を変更し、この小展覧会の一例としてドイツ結核撲滅中央委員会が主催していた、反結核啓蒙イベント「移動博物館」に着目して研究を進めた。とはいえその成果を公表するまでには今少し時間を要することとなり、今年度中に形にすることはできなかった。 その反面、本研究テーマを支える「不可視の脅威」をめぐる社会的心性に関する研究では、一定の進展が見られた。村上宏昭「ドイツの過少人口恐怖とスラヴの洪水:大戦間期の不安と憧憬」(『社会文化史学』第60号、2017年)では、人口問題という観点から「東方の脅威」に関する社会的心性を浮き彫りにした。これはいわば、人口という不可視の構成体を基盤として、スラヴ民族の人口増大とヨーロッパ民族の人口減少を対比させ、将来的にヨーロッパがスラヴに呑み込まれるという不安を分析したものである。 こうしたメンタリティの構造は、病原体をめぐる当時の心性にも見て取れる。古くは19世紀のコレラに遡るが、特に20世紀以降は腸チフスに関して、東欧移民によって西欧に病原体が持ち込まれるという不安が広がった。これはいわば、ミクロの次元において「東方の脅威」論を再生産したものである。それゆえ上記の研究成果を通じて、不可視の病原体をめぐる不安の形象に関し、極大(人口)と極小(細菌)の構造的相同性に着目する手がかりを得たと言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」でも言及したように、今年度は当初の研究計画を変更し、新たに比較的小規模の特別展覧会の研究に着手したことで、研究成果の公表を計画通りに進めることができなかった。当面は史料の収集と分析に従事しており、成果の公表まで今少し時間が必要となる。 とはいえこうした変更によって、本研究の構想もより立体的となったと思われる。当初構想していた研究内容は、単にいくつかの代表的な啓蒙イベント(衛生博覧会)だけを辿るような、直線的なプロットのものだったが、それらのイベントの背景に目を向けることによって、そうした啓蒙運動の流れを方向づけた社会的状況がより明確に見渡せるようになるからである。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策としては、上記の計画変更に伴い、まずは結核撲滅中央委員会主催の移動博物館(1910年)の考察を進めていくことになる。その上で、このイベントとドレスデン国際衛生博覧会との関連性や、その後の衛生啓蒙運動に対する波及効果等を測定し、その歴史的意義を浮き彫りにしていきたい。 その後、大戦期における衛生問題、とりわけ性病関連の諸問題等を考察し、セクシュアリティをめぐる近代的心性の問題とも絡めながら、細菌学説の普及・定着過程の分析を計画している。性病問題は特に戦時期の前線兵士の間で深刻化し、復員兵士が故国にその病原体を持ち帰ることに対して戦後社会に一種の恐慌を惹き起こした。そうした性病をめぐる恐怖や不安の言説が、近代的な衛生観念の形成にいかに作用したかを突き止めることが、こうした計画の目的となる。
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