本課題は、ドイツにおける基本権の私人間効力論の展開に関し、連邦憲法裁判所とその他の裁判所および学説との間でどのような相互の影響関係があったのかという問題につき、憲法解釈論や司法政治学の視点から検討を行うというものであった。しかしその前提としての日本の私人間効力論の整理・検討に時間をとられ、その検討だけで研究期間が終了することになった。その概要は以下の通りである。 戦後日本における私人間効力論は、三菱樹脂事件において最高裁(1978年)が間接効力説を採用したことで決着したと考えられている。だが私人間での基本権侵害といえる事例は戦後直後から取り扱われていた。それらの事例を見ると、民法上の一般条項などの解釈に憲法を反映させる間接効力説の形をとることが多かった。その大きな要因としては「使い勝手の良さ」が挙げられる。しばしば、日本の裁判所は柔軟な解決を可能とする判断枠組みを好む傾向にあると指摘される。直接効力説では判決が基本権によって縛られやすくなり、他方、無効力説では基本権を判決に反映させることが難しくなる。したがって事案によって基本権を使う/使わない、あるいはその程度を裁判所がコントロールしやすい間接効力説を裁判所が選択することは自然だったといえる(この点はドイツの裁判所も同様であろう)。 また、日本には通常裁判所しか存在しないが、ドイツでは裁判所に複数の系列が存在しているため、憲法裁が介入するには当該事件に憲法問題が含まれる必要があり、私人間効力論を早い時期に確立する必要があったと考えられる。他方、日本ではその必要がなかったため、私人間効力に関する解釈枠組みを早く確立する動機が裁判所に生まれにくかったと思われる。三菱樹脂事件がその舞台に選ばれたのは、学説内での議論の高まりや、当該事件への世論の関心の高まりなどが組み合わさったことが理由ではないか、というのが本研究の推測である。
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