本研究の目的は、国際法と「中東地域秩序」との関係を解明することである。中東イスラーム世界に関して、1960 年代以降今日まで、「中東地域秩序」などという呼称のもと、中東イスラーム世界には国際法とは異なる独自の秩序が存在する、あるいは存在するべきであるとの議論が行われている。これらの議論を正確に評価するため、本研究では中東地域秩序の内容と実態を実証的に明らかにし、そのうえで国際法との関係を解明することを目指した。 本研究の期間中、まずは中東地域秩序概念の意味内容・その全体像を描写するための調査・整理・分析を行った。具体的には中東地域秩序を直接論じるムハンマド・サイード・アフマドの論文や新聞記事を収集・分析し、さらに中東地域秩序概念の一つの源流になっていると考えら れるアラブ民族主義に注目した検討を行った。その結果、シャキーブ・アルスラーン 、アミーン・アルスラーン、ユースフ・ハマーム・アースアーフ、ヤヒヤー・カドリー、ナヒラ・キルファート、ヌーヴァル・ヌーヴァル・タラーブルスなどのシリア・レバノン系の著者がアラブ民族主義的な目的を持ちつつ、「国際法」知識の伝達に寄与していたことが確認できた。 彼らは、国際法にとっても中東地域秩序にとっても根本的な概念である「民族」、「国家」、「人民」などといった西洋起源の概念をアラビア語でいかに表現しているが、その表現は各著者とオスマン帝国との関係性によって用いる用語が異なるものであった。また、アラビア語やアラブ性への言及が頻繁になされており、そこには中東地域秩序意識の一つの源流を見出すことができた。中東地域秩序の実態の研究に関しては『統一に関する討議についての報告書』の分析を行ったが、いまだ結論を出すには至っていない。
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