本研究では、まず日本の公的年金の受給における所得要件を概観した上で、フランスの老齢年金と遺族年金における所得要件についても検討した。そこでは、複数の制度改正により各年金の理念が多面性を持つに至り、それにより所得要件の正当性にも揺らぎが生じていることが明らかとなった。また、日本の医療保険と介護保険についても参照した。両制度では所得による自己負担割合の引き上げという形で所得による給付制限がなされる一方、拠出は所得に応じることから、保険原理からの二重の逆行現象が明らかとなった。 他方で、効率性だけでなく公平性も重視した経済学の研究に着目し、高所得者の所得増加により所得格差が拡大したときに社会的厚生が低下するとの理論的な結論は、人々が所得格差を回避する気持ちを持っているという前提があって初めて説明可能との知見を得た。本研究では、こうした経済学の知見にしたがい、社会保険において高所得者への給付水準を低下させることには、単に財政負担の軽減という意義だけでなく、所得格差の縮減により社会的厚生を向上させるというより積極的な意義も見いだせるとの新たな視点を得た。 こうした経済学から提示されるマクロ的知見を踏まえて、社会保障制度全体の近年の動向を追うことで、改めて社会保険の果たすべき役割やそこで実現すべき再分配について検討を行った。そこでは、社会的排除の防止という新たな視点に基づき、社会保険に低所得者を積極的に包摂して所得再分配を機能させることの意義を再発見した。また、給付における所得要件だけでなく、社会的排除の解消や所得格差の縮減を目的とした低所得者の社会保険への包摂という、適用面での所得要件にも視野を広げて検討を行った。具体的には第3号被保険者制度を例に、自己決定の尊重と社会的排除の防止との調整のため、就労疎外要因に応じた対象者の分節化という方向性を提示した。
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