研究課題/領域番号 |
15K16948
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
三宅 新 北海道大学, 大学院法学研究科, 准教授 (30621461)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 保険法 / 民法 / 犯罪免責条項 / 重大事由解除 / 継続的債権関係 / 債権法改正 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、わが国の保険契約法に一定程度の行為規範性があることについて研究した。特に、以下のように犯罪行為に起因する保険事故に対する法律解釈を進めた。 わが国では、保険法制定によって、犯罪免責条項が法定免責事由から撤廃された。そのため、犯罪に際して死亡した場合、死亡保険金については必ず支払われることとなった。しかし、この理論を貫けば、テロ行為を実行して多数の死者を出しつつ自らも逃げ遅れて死亡したような場合にも保険金が支払われることとなる。このような帰結が正当ではないという理念から、重大事由解除による免責がどこまで可能かということについて研究した。 具体的には重大事由解除の継受先となったドイツとの比較をした。ドイツにおける重大事由解除は当然に将来効と考えられているが、日本のそれは遡及的免責を認めている点で異なる。さらに、純粋な継続的債権関係といえるか微妙な生命保険契約における死亡保険金にまで遡及的免責を認めたことにより、ドイツと日本の重大事由解除はすでに相当性質が異なるものとなっている。これにより、現在の日本の重大事由解除は、犯罪免責条項と同等の機能を有していると結論付けた。 また、本研究課題は、国会上程中の債権法改正と密接な関係にあるため、保険法に直結しないように見える分野でも、不正な行為に対する責任追及が関係していれば研究対象とした。というのも、契約に基づく責任追及方法が想定されていた取引関係であっても、現在では、不法行為による責任追及が当然のようになされているためである。具体的には、不法行為による責任追及によって存在意義がほとんどなくなっていた民法572条のような条文が、債権法改正による瑕疵担保責任の債務不履行への一本化によって、契約書の文言が変わることで存在意義が与えられる可能性が出てきたという点を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、もっとも主眼に据えていた被保険者の犯罪行為と保険事故が関わる場面に関する研究は、当初の予定通り順調に進展した。比較法研究をする上で、ドイツの保険契約法改正に対する理解が進んだため、今後の研究に生かせる土台も作ることができた。 判例研究については、酒気帯び運転免責条項についての評釈をし、その結果、同条項を適用する上で保険契約に行為規範性があるのではないかという研究についてのきっかけを作ることができた点も良かった。 くわえて、債権法改正に関わる分野に対する研究が進んだ点は、予想外の成果であった。以前から、私は民商法の壁をもう少し撤廃し、民法学者が商法分野も、商法学者が民法分野も研究対象とすべきであると思っていた。この度の研究成果によって、従来商法学者があまり研究してこなかった民法関係の分野にも研究の幅を広げていくきっかけを作ることができた。しかし、平成27年に国会に上程された民法改正案が審議されることなく現在に至っていることは予想外であった。 ほかに予定通りとはいかなかった点としては、すでに脱稿済で平成28年度に公表されるはずの論文が、他の執筆者の兼ね合いでまだ時間がかかりそうである。研究会の報告は順調に進んだが、文献媒体での公表という点に不満が残る。もっとも、平成29年度中には未脱稿のものも含めて複数の公表ができそうである。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度の研究成果から導いたさらに補強すべき仮説として、保険契約には潜在的に一定の行為規範性が存在するのではないかという点である。この仮説の検証を中心とする。 その題材として、自動車保険と飲酒運転との関係を採り上げる予定である。わが国では、近年飲酒運転に対する社会非難が高まっていった。それに合わせて、各社約款では免責要件を従来の酒酔いから酒気帯びに変更するようになった。しかし、これに加えて、そのような約款の解釈についてまで、社会非難を反映させてよいかは明らかではない。すなわち、制裁という点は刑事法・行政法上の立法に関する事柄であり、また約款の文言に基づいて初めて免責という効果が導かれる事柄であるため、解釈においても社会非難を妥当させるべきか否かという点である。 また、比較法として平成27年度はアメリカ、平成28年度はドイツを中心としてきたが、平成29年度はイギリスと中心とする。というのも、イギリスでは1906年に制定された海上保険法が100年以上にわたり影響してきたが、2015年に新たに保険法が制定されたため、これにより今までの判例法の前提が大きく変わる可能性が出てきたためである。具体的には、それまで、イギリス保険法の行為規範性を補強し、契約当事者に情報開示を義務づける根拠規定となっていた最大善意(utmost good faith)の規定が変化した事実がある。すなわち、1906年法の下では、最大善意義務違反は、その効果として契約無効と保険者の免責に至っていた。しかし、2015年法では、最大善意義務違反の効果として、契約無効を主張することが禁止されるようになった。これに関する影響について、法律委員会や学者の見解を明らかにしていく。それにより、わが国の保険契約法における解釈に何らかの示唆を得ることを試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度の繰り越し分が多かったためその利用ができたことと、外部財団からの助成金につき本研究課題と重複する文献を利用できたことが大きな理由である。前年度の繰り越し分がなければ、むしろ使用額は不足していた計算となる。 以上のような事情があったため、平成28年度の使用額は、平成27年度に比べてかなり大きくなった。これは、当初の予定どおりドイツ保険契約法のコンメンタール一式の購入費に充てたことと、有料データベース等に充てたことによる。コンメンタール一式の購入は、これによってしばらくは必要なくなるため、平成29年度は、平成28年度のような使用方法にはならないはずである。また、有料データベースを本格的に導入したのは平成28年度が初めてであった。もっとも、利用額が比較的高かったため、これは途中から見直して制限するようにした。
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次年度使用額の使用計画 |
残額は多くないため、特に大きな使途計画の変更はない。しかし、当初は旬刊商事法務の有料データベースを予定しておらず、図書館等でのコピーで済ませる予定だったが、思いの外これを使う機会が多くなることが分かった。これは、平成28年度に初めて本格的に有料データベースを導入し、その便利さ(検索機能により文献を探す時間が省ける、コピーのための時間が省ける)が分かったことによる。商事法務研究会の年会費は5万円であるため、今のところこれに残額のほとんどが充てられる予定である。
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