フランス民事責任法の世界では、全部填補(全部賠償)の原理がいかに具体的に尊重されているのかを、損害賠償の算定に関する下級審判断に対する上級審の統制や、学説における最近の立法提案への批判の場面に見られる分析視点から明らかにし、その成果を公にした。 次に人身損害賠償において、後遺障害を負った被害者の将来の不利益の算定を論ずる際に問題となる、「逸失利益」として把握困難な経済的利益の評価にあたって、フランスでは、他の損害とは独立した損害項目として確立し実務が展開されていることから、その区別の根拠を分析し、同じく公表するに至った。その根拠は、逸失利益の有無と相関性がないことに見い出される。 さらに、フランス民事責任法上展開され、近時有力視されているドマージュとプレジュディスという2つの損害概念を区分する理論の妥当性を検討した。学説上は一般理論としてはこれの有効性は疑問視されているが、その一方で、上記研究と同じフィールドにおいては、否定論者においても有意義なものとして受け止めるものが多く、さらに2000年以降にみられた司法省の複数の人身損害賠償改革レポートの中でもこの理論装置が用いられていること確認しつつ、その理由を探るために、この議論の沿革をもう一度追いながら、とくに1980年代の代表的学説の問題設定に注目し、これが全部填補原理を直接に達成する理論的道具立てではないものの、過小評価や不透明評価に陥る可能性がある損害の包括的算定や包括的損害項目設定を排除するために用いられていることを明らかにした。
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